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反転 その後

 ユウの教室の前には、長蛇の列ができている。
 並んでいるのは、男ばっかり。1ヶ月程前にも似たようなことがあったが、決定的に違うことが3つ。
 1つは、今は放課後ではなく、真昼間だということ。と言っても、今日は授業はなくて、文化祭の最中だ。天気もよくて明るい廊下に物凄い数の男が並んでいる。
 2つめは、行列を作っている男たちがこの学校の生徒ではないということ。他校の生徒と思しき顔も見られるが、大半は、もう少し年上といった感じ、大学生か、更に上。スーツ姿の男も結構いる。平日の昼間ということを考えると、仕事を抜け出してこの行列に参加しているということだろうか。
 そして、3つめは、以前のように列がサクサク進んでいかないということ。行列の途中に、ご丁寧に「30分待ち」とか「60分待ち」というように、遊園地の人気アトラクションみたいに待ち時間が表示されている。さっき見てきたら、最後尾はなんと3時間待ちだった。
「ただいまこちらのメイド喫茶は3時間待ちとなっております」
「このあたりのお客様は、あと1時間ほどで入場できる見込みとなっておりますので、今しばらくお待ちください」
「お待ちの間にキャンディはいかがですか?」
 行列のあちこちで、黄色い声が聞こえる。列に並んでじっと待っている客たちの横を、赤やらブルーやらオレンジやら、色とりどりの、メイド服に身を包んだ少女たちが動き回っている。彼女たちは、全員、このクラスの生徒だ。みんな、高校生にしては、ちょっと幼い顔つきだが、スタイルがよくて、胸も大きくて、そして、何よりとびきりの美少女揃い。
 ウチの学校は、校是が質実剛健なんていう「いつの時代だ」と突っ込みたくなるような古めかしい男子校だ。そんな学校の文化祭で、メイド喫茶なんていう企画をぶちあげたクラスがあったのには驚いた。最初は、大丈夫かと心配されたが、フタをあけたら、この通りの大盛況。
 それもその筈。なんと言っても、メイドの女の子のレベルが高いし、彼女たちが着ているメイド服も、実際に都内の有名店で使っているのと同じものを仕入れてきたので、本格的。このクラスが文化祭でメイド喫茶をやると言ったときに、衣装もちゃんと揃えて、本格的なものを目指すようにと注文を出されたが、それを忠実に守っているのだ。
 衣装に金をかけているだけあって、初期投資を回収するために、メニューはどれもお値段高め、というより、ほとんどぼったくりの世界なのだが、こうして連日長蛇の列だ。メイドの女の子が美少女揃いで、衣装もかわいいということで、校外からの客が大量に押し寄せているみたいだ。噂によると、ウチの学園祭がネットでも話題になっていて、遠方から夜行バスでやってくるのもいるらしい。おかげで、地味なことにかけては折り紙つきだった男子校の文化祭が、今年は人で溢れ返っている。隣の教室で、この地方の商工業の歴史なんていう地味なテーマの展示をしていたぼくのクラスも、行列からあぶれた客が押し寄せて大盛況だ。もっとも、誰も展示なんて見ずに、受付や各所に配置された係員(大半は、制服のブレザー姿の女生徒)に見入っているのだが。
 メイド喫茶の3時間という待ち時間の間には、メイド姿の「売り子」が行列の至るところに何度もやってきて、キャンディやらチョコレートやらを売って歩く。袋詰めのものを手籠に入れてバラ売りしているだけなのだが、これがまた飛ぶように売れて、馬鹿にならない副収入になっているらしい。既製品を売っていてもこれなのだから、メイドのひとりが自ら焼き上げた手作りクッキーを売ったときなどは、自然発生的にせりが始まってしまい、売り上げがあまりに高額になりすぎたため、その分はアフリカの子供たちに寄付することになったのだとか。
(ユウはがんばっているのかな)
 自分のクラスの展示の受付当番を終えたぼくは、隣のクラスへと行き、行列の合間を縫って、教室の中を覗いてみた。客席はもちろん満席。笑顔を振り撒きながら忙しく動き回るメイドの少女たちを、男性客たちが締まりのない顔で見つめている。ぼくは、裏方の方に顔を出して、中にいる人物に声をかけた。
「ユウ。そろそろ、お昼行かない?」
 見ると、ユウは、テーブルいっぱいにずらりと並んだカップに、コーヒーを注いでいるところだった。お昼と言っても、もう1時を回っている。
「ちょっと待ってくれよ。今、手が離せないから。ただでさえ、男手がいないのに、コーヘイのヤツ、どこで油売ってるんだか」
 そう言っている間にも、店内のメイドたちから注文がひっきりなしに入り、廊下で売り子をやっているメイドたちも、商品の補充をしてくれとやってくる。
 基本的に、女生徒たちは外で接客。男は中で裏方作業、ということらしいが、このクラスに男子生徒はユウとコーヘイの2人しかいないから大変だ。残りの生徒はというと、全部女の子になってしまっていた。
「トモキ、ごめん。今日はお昼は無理だ」
「そう……」
 ぼくは、ユウの言葉にがっかりして、賑やかな教室を後にした。


 あの日、『反転』によって、ぼくたちは変わった。『反転』したのだ。
 まず、女の子になっていたユウが男に戻り、それまでの1ヶ月の間にユウと1度でも関係を持った男は、全員、女の子になってしまった。
 その結果、ユウのクラスでは、ユウ自身と、タクローの手下で、結局ユウとは1度もエッチさせてもらえなかったコーヘイだけが男のままで、残りはすべて女の子になってしまった。
 他のクラスでも似たり寄ったり。男子生徒として残っているのはクラスで2、3人。完全に女子クラスになってしまったところもあるらしい。男子校だというのに、男子生徒は全学年合わせても、100人に満たず、あとはみんな女子生徒になってしまった。
 生徒ばかりではない。この学校の教師は全員男性だったのだが、そのうち半数以上がやはり女の子になってしまった。要するに、あの行列には生徒だけではなくて、教師も並んでいたってことだ。
 『反転』によって女の子になってしまったものは、全員、共通の特徴を持っている。
 童顔、巨乳でスタイル抜群の美少女。
 更に、頭がよくて、スポーツも万能。
 個人差はあるけど、基本的には、全員がかつてのユウみたいな女の子になっている。ユウが理想としていたような女の子だ。
 たとえば、あの巨漢だったタクローは、今では身長が150センチを切るぐらい。顔立ちも幼いので、どう見ても中学生。下手したら小学生ぐらいにしか見えないが、胸だけはHカップというアンバランスを通り越してありえない体型の爆乳美少女だ。童顔、巨乳でスタイル抜群の美少女というところまでは全員同じだが、そこから先はどうやら本人の趣味嗜好がモロに反映されるらしい。タクローの場合、爆乳ロリコン少女が好みだった、ということで、ちょっと恥ずかしいと思うのだが、本人はそれを恥じる様子もないし、まわりもそれを指摘したりはしない。気を使って敢えて何も言わないというわけではなくて、どうも、誰もそのことに気付いていないようなのだ。
 テニス部のキャプテンのケースケなどは、すらりとした体型の美少女になったのだが、なぜか金髪になっている。ハーフとかではなく、両親とも純然たる日本人なのだが、金髪。もちろん、染めているわけではなくて、自毛。元々インターハイに出場するほどの実力の持ち主だったけど、『反転』後はその実力は更にアップ。プロに転向して勝ちまくっている。来年のウインブルドンでも優勝するんじゃないかと言われていた。このルックスで実力もあるから世間が放っておかないのは当然で、最近はテレビや雑誌に引っ張りだこなのだが、どういうわけだか、誰も金髪については突っ込まない。世の中の誰もが、ケースケの金髪をおかしいとすら感じていないようだ。
 金髪と言えば、ユウのクラスの担任の47歳になる英語教師も、金髪の女の子になってしまった。こちらは、金髪だけでなく、碧眼で顔立ちも完全に西洋人の美少女だ。フランス人形のような容貌だが、やっぱり、胸はそれなりに大きいみたいだ。確か、高校生になる娘がいた筈だが、見た目は娘よりも若い女の子(しかも金髪碧眼)になってしまったわけだけど、きっとそのことについても、誰も変に思わないのだろう。
 この英語教師は、発音にコンプレックスを持っていたらしく、それに対する願望からこんな姿になったのではないかと、ぼくは睨んでいる。以前はカタカナで喋っているようにしか聞こえなかった発音だが、今では、甘い女の子の声だけど、ネイティヴみたいなきれいな発音で授業をやっている。もちろん、フランス人形のような美少女が、裾の広がったドレスみたいな服を着て教壇に立っているのは違和感ありまくりなのだが、これも、ぼくの他は誰も変だとは感じていないのだろう。
 そもそも、『反転』後のこの学校は、金髪ぐらいでは驚いてはいられない。緑とか紫とかオレンジとか、まるでアニメでしか見たことのないような髪の色の子がいっぱいいる。このあたりも、モロに趣味嗜好の世界。実写でカラフルな髪の毛というのは、無理があると思うけど、この子たちの場合は結構似合っている。『反転』で女の子になった者の多くは、今まで通り男口調で話す場合が多いのだけど、こういう子はアニメ声で舌ったらずな喋り方で女の子口調で話す場合が多いみたいだ。中には、「わたくしは○○ですのよ」とお嬢様言葉で喋るヤツも結構いたりする。どちらも、元の姿でそんな話し方だと気持ち悪いばかりなのだが、今はみんな話し方にマッチした美少女になっているので、違和感がない。むしろ、「かわいい」「素敵だ」ということで、人気があったりする。人気があると言っても、大半の生徒は女の子になってしまっているのだけど。
 こんなわけで、『反転』によって、ほとんどの生徒の姿は一変してしまったわけだけど、どういうわか、新しい姿を見ただけで、それが誰なのかわかるみたいだ。タクローなんて、元の面影なんて一切残ってはいないのに、誰もが一目でタクローだと認識する。少女になってしまったことにも誰も違和感を覚えない。床屋に行って髪を短くしたという程度の認識みたいだ。
 家に帰れば息子だった筈が、いつの間にか娘になり、兄や弟が姉や妹になるという事態が1000以上も起きているのだが、どこの家族も何も不思議に思わないし、結果、何の騒動も起きなかった。このあたりが『反転』の影響力なのだろう。


 で、ぼくはというと、自分で言うのも何だけど、かなりかわいい女の子になってしまった。
 まあ、『反転』後の容姿には趣味嗜好が反映されるので、自分のことを「かわいい」って思うのはある意味当たり前なんだけど。実際、本気で「一番かわいいのは自分」と思っている子は多いみたいだし。
 今のぼくの顔つきは、女の子だった頃のユウに少し似ているだろうか。あの子をおとなしくしたような感じ。ちょっと儚げな雰囲気の美少女だ。はじめて鏡に自分の顔を映してみたときは、あまりのかわいさに、ちょっとくらくらっときちゃった。
 ぼくの場合、こういうおとなしそうで、かわいい感じの女の子がタイプだったんだと、あらためて突きつけられているみたいで、複雑な気分だ。でも、ぼく自身がぼくの「理想の女の子」になったというのは、心のどこかでうきうきわくわくしているのも否定できない。毎日、裸になってお風呂入るのは、物凄く恥ずかしくて仕方ない。こんなかわいくて儚げな女の子の服を脱がせて、裸にするというのは、罪悪感に苛まれるんだけど、でも、心のどこかでそれを楽しみにしている自分がいる。
 とは言っても、この学校には、超のつくような美少女がそれこそ掃いて捨てるほどいるので、はっきり言って、ぼくぐらいだとかなり地味な部類。ぼくは、こういうおとなしそうな子が好みだけど、他の子からすると、ぼくみたいな子はあまり人気がないのかもしれない。この学校でミスコンとかがあっても、1次予選すら突破できないだろう。まあ、その方が女の子としてあまり目立たなくて、気は楽だけど。
 胸もCカップだから、巨乳揃いのこの学校では一番の貧乳かもしれない。本当言うと、これでもぼくの好みとしては大き過ぎるかなぁと思うのだけど、「巨乳」というのが基本仕様だから、Cというのは、ギリギリここまでなら小さくしてもいい、というサイズなのだろう。
 とは言え、体育の時間に着替えるときなんか、周りの巨乳美少女たちに比べて、自分の胸が貧弱なことにちょっと劣等感を感じてしまう。貧弱って言ったってCなんだし、このぐらいが邪魔にならなくてちょうどいいんだということは、頭ではわかっているんだけど、自分より胸の大きい子ばかりに囲まれると、どうしても、ね。
 頭の出来も以前よりかなりよくなっていて、今のぼくは、今すぐ入試があったとして、東大にギリギリ合格できるかどうか、というレベル。ちゃんと受験勉強すれば、どんな大学でも楽勝だ。でも、こちらも、この程度では学年でも下から数えて何番目、ってぐらいだ。実際、この間の実力試験では、ぼくより成績が悪い「女子」は、数人しかいなかった。『反転』によって女の子になった子の中には、将来のノーベル賞候補みたいな「天才少女」も何人もいて、ここでもぼくは、「平凡な女の子」ということになっている。
 『反転』によって変わったのは、体だけではない。『反転』が起きたときに着ていた学生服は、女子用のブレザーに変わったし、家にある洋服や下着も、全部女の子のものに変わっていた。『反転』の後、はじめて家で自分のタンスを開けたときは、女の子の下着でいっぱいになっていたのが恥ずかしくて、慌ててタンスを閉めたものだ。今でも、タンスから着替えのためのブラジャーを取り出したりするのは抵抗がある。できれば、こんなものはつけたくないのだけど、Cカップのぼくの胸はそれなりに大きいので、ノーブラというわけにもいかないから困ってしまう。
 戸籍もいつの間にか女へと変わっていた。といっても、周囲の認識では、最初からぼくが女の子だったというわけではなくて、ぼくはついこの間まで男で、最近になって女の子に変わったということらしい。男から女になるなんて、ありえない話だと思うのだが、そこは誰も変だとは感じないようだ。
 ちなみに、女の子になってしまった教師たちは、戸籍は男のままみたいだ。まあ、結婚とかしているから、そのままなのだろう。女の子になってしまった教師の中には、現在独身で婚約中だった理科の先生もいるのだが、戸籍は元のまま。婚約解消とかせずに、女同士で結婚するらしい。何でも、お揃いのウエディングドレスを着るのだそうだ。その教師は、女の子になっちゃったという時点で、浮気確定だと思うのだが、やっぱりそのことには誰も気付かないようだ。


 『反転』によって大きく変わったことがもうひとつある。
 それは、ユウとご主人さまたちの関係だ。
 ユウが女の子だったときに、ユウは大量のご主人さまたちと主従関係を結び、ユウはご主人さまたちのドレイとなったが、この関係も『反転』したのだ。
 結果、ユウのかつてのご主人さまたちは、ユウのドレイとなった。『反転』によってユウは、元の男の子へと戻ったが、今や、1000人もの美少女をドレイとして従えるご主人さまだ。ユウがドレイたちに何をさせているのか、詳しくは知らないけど。
 『反転』が起きる前から、ユウは、ご主人さまとドレイの関係も『反転』するってことを知っていたのだろう。だから、あのときぼくに「あと3日だけ逃げてくれればいい」と言ったのだ。3日目の夕暮れと共に『反転』が起きて、ぼくはタクローの命令に脅える必要はなくなった。
 とは言え、気をつけなくてはいけない。『反転』より前、ぼくがユウのドレイではあっても、タクローのドレイではなかったように、今のタクローもユウのドレイであるだけで、ぼくとは何の主従関係も持たないのだから。
 一応、ユウは、ドレイになった少女たちとぼくを集めて、「ここにいる者同士、危害を加えたりしないこと」という命令を発したので、当面、タクローがぼくに何かをしてくるということはないだろうが、ヤツのぼくに対する感情には変わりがない筈だし、今ではタクローも今までとは比べ物にならないくらい頭がよくなっているので、ぼくは警戒を怠らないよう気をつけている。
 タクローに関して言えば、『反転』によって変化したのは、ユウを中心にしたご主人さまとドレイの関係だけではなかったようだ。タクローと手下たちの関係も『反転』してしまった。
 かつて、タクローの下には、2人の手下がいて、その2人の手下の更に最下層の位置にコーヘイがいた。コーヘイは、ユウと関係を持っていなかったため、この『反転』とは無縁だった筈なんだけど、どういうわけか、従来のタクローや手下たちとの力関係も反転してしまったようだ。
 コーヘイは、かつて自分を虐げてきたタクローと2人の手下(元手下というべきか)をまるでドレイのように扱っている。この3人は、コーヘイの命令には逆らえなくなってしまったみたいだし、タクローに至っては、2人の元手下からもドレイのようにこき使われている。今では、コーヘイはタクローとタクローの2人の元手下という3人の美少女で構成される小ハーレムの主といった感じだ。今だって、コーヘイとタクローたちの姿が見えないところを見ると、どこで何をしているのやら。


 ということは――。
 ぼくとユウとの関係も『反転』した。
 今では、ぼくはユウのご主人さまだ。
 ユウが1000人もの美少女たちのご主人さまで、ぼくはユウのご主人さま。結果的に、ぼくは、この大きなピラミッドの頂点に座っちゃった、ということになる。今のところ、ぼくが――ぼくだけがユウのドレイじゃなくてご主人さまだってことは、他のドレイの少女たちには内緒にしている。どうも、彼女たちの多くは、ご主人さまであるユウを独占したい、という願望を持っているみたいで、ただでさえ、ユウとは親友だったぼくは、彼女たちから冷ややかな目で見られがちだ。その上、実はぼくがユウのご主人さまだってことがばれちゃったら……。
 何度も言うけど、『反転』によって美少女になってしまった女の子たちは、ユウのドレイであって、ぼくのドレイではないのだ。ユウの命令によって、ぼくに危害を加えたりはしないけど、ぼくがユウに取って特別な存在であることがばれてしまったら、どんな陰湿なイジメをされるかわからない。
 女の子の嫉妬というのは、怖いのだ。
 ということで、実は、『反転』から1ヶ月近くが経過した今でも、ぼくはユウとほとんど話していない。
 今のぼくの姿――かわいい女の子の姿で男に戻ったユウと一緒にいることが照れくさくて、恥ずかしくて仕方がない、というのももちろんあるけど。
 今日は、文化祭。お祭りってことで、久しぶりにユウと一緒にご飯でも食べようと誘ったのだ。
 もちろん、ぼくの手作りのお弁当を持って。
 ちなみに、ぼくの料理の腕前は鉄人級。
 『反転』の後、初めて料理をしてみたんだけど、本の通りに作っているだけなのに、何を作っても、絶品。冷蔵庫の残り物で、一流レストラン並みの味が簡単に出せちゃう。
 そんなぼくが腕によりをかけて作ったお弁当を一緒に食べようと誘ったのに、ユウのヤツ……。
 まあ、実際のところ、ぼくの料理の腕も、『反転』による「理想の女の子」の「設定」の1つで、ユウのドレイたちの大半が、鉄人級の料理の腕を持っているのだろうけど。ユウが施した「理想の女の子」の「設定」はいろいろあって、「妊娠するかどうか自分で決められる」なんてのもある。他にも、ぼくが知らない「設定」がまだまだありそうだ。
 メイド喫茶の手作りクッキーがセリでとんでもない高値になったのだって、実は、クッキーそのものが有名スウィーツの店で売っているものなんて目じゃないほどおいしかったことが大きいみたいだし。
 実際、ユウの元には、ドレイの少女たちが腕を振るった絶品弁当が毎日山のように届けられて、ユウは日替わりでそれを堪能しているって噂だから、今更、ぼくが腕によりをかけた弁当も目新しいものではないんだろうと思う……。
 うわあ、なんか落ち込む。
 今のぼくは、女の子としてはかなりレベルが高いと思うけど、それは世間一般の女の子と比べた場合のこと。この学校でのぼくは、地味な目立たない女の子に過ぎない。こんなんじゃ、ユウは振り向いてもくれないだろう。
 いっそのこと、ご主人さまとしてユウに命令して、他の女の子とは会ったり、口を利いても駄目って言ってみようか。でも、そんなことをしても、虚しいだけだ。仮に命令によってユウがぼくだけのユウになったとしても、そんなのほんとのユウの気持ちじゃない……。
 ――ていうか、なんでぼくはこんなこと考えてるんだろう。まるで、恋人を取られて嫉妬に狂う女の子みたいじゃないか。


 文化祭の校内は、人で溢れていた。ユウのクラスのメイド喫茶を目当てに来た客も、そのまま校内に居残って、女子生徒の鑑賞にひたっているみたいで、人は増える一方だ。
「ねえ、きみ。どうしてひとりなの?」
「よかったら、ぼくと一緒にドライブに行かない?」
 ぼくみたいに1人で歩いている女の子は、ひっきりなしに声をかけられる。落ち込んでいるときにナンパされるのは最悪だ。いや、そもそも、男にナンパされること自体、最悪なんだけど。
 結局、ぼくは、ひとりになりたくて、プールの更衣室の陰に逃げ込んだ。ここへ来るのは、『反転』の前にタクローたちから逃げ回っていたとき以来だ。相変わらず、ここには誰もいない。遠くから、人でごった返している文化祭の喧騒が聞こえてくるのが、あのときとは違うけれど。
 自分で作った弁当を1人で食べていたら、ケータイがメールの着信音を鳴らした。ユウからだった。

 今日は、一緒に弁当食べれなくて、ごめん。
 今夜、マンションで待っててくれ。

 ユウは、最近、学校の近くのマンションで1人暮らしを始めた。だけど、ぼくはそこにはまだ1度も行ったことがない。だって、そこは、ユウがドレイの女の子を飼うための部屋だって噂だから。
 ぼくにそこに来い、ということは……。

 わかった。夕ご飯作って待ってるから。

 なるべく命令口調にならないように気をつけて、それだけ返信した。一応、ぼくはユウのご主人さまってことになっているから、不用意に命令しちゃわないように注意を払わないといけない。ユウは、「命令するぞ」という気持ちで言わないと命令にはならないから、大丈夫だというけど、やっぱり、人の運命を左右しかねないような「力」を持っちゃうと、どうしても慎重にならざるを得ない。うっかり変な命令を出してしまって、それを解除するのを忘れてしまったために、ユウがそれに縛られ続けるなんてことになりはしないかと気が気ではない。


 結局、ユウのクラスのメイド喫茶の行列は、文化祭の終了時間まで続いたそうだ。文化祭は明日まで。ユウは、後片付けと、明日の準備で忙しいらしい。ぼくのクラスは研究発表の展示だけなので、ほとんど何もすることがない。生徒会の仕事が少しあったけど、それも1時間足らずで終わり、ぼくは学校を後にした。
 ユウのマンションは、学校から徒歩5分というところにある。最寄り駅に行く途中にあるので、便利なことこの上ない。新築で売り出し中だった空き部屋を5戸ほど買ったのだと言っていた。
 そこは、高級マンションというわけでもないけど、新築で駅からも近いところにあるマンションを5戸もポンと買うには相当なお金がいる。どうしてユウにそんなお金があるのかというと、ユウが女の子だったときに考案した次世代携帯電話のアイデアを電話会社に売ったのだそうだ。
 何でも、ケータイの常識を根本から覆すようなものらしいのだけど、詳しくはよく知らない。その頃は天才的な頭脳を持っていたユウも、今では元通りに戻ってしまっているので(それでも、今のぼくと大差ないぐらい成績はいい)、実用化に向けた研究はドレイの女の子のうち、元々理系クラスで成績の良かった子が何人かで続けているようだ。
 ユウの部屋はマンションの2階。ごく普通の部屋だ。
 意外と片付いている。誰が掃除したのかは考えないことにした。
 テーブルの上に無造作に財布が置いてあった。見ると、結構な額が入っている。大勢のドレイの女の子が出入りする部屋にこんな風に置いておくのは無用心だと思うのだが、考えてみたら、ドレイの彼女たちがお金をくすねるなんてことはないのだろう。もしあったとしても、返せと命令すれば済むことだ。
 冷蔵庫を覗いてみたが、これといったものはなかったので、ぼくは、テーブルの財布を持って、買い物に出かけることにした。
 一番近くにある小さなスーパーに出掛け、一通り見て回った。刺身もあったが、いいものは残っていない。『反転』してから、食材を一目見ただけで、味の良し悪しがわかるようになった。ぼくの鉄人並みの料理の腕は、この「目」によるところが大きい。食材の状態を正確に把握して、最適な料理法で料理をするのだ。
 結局、ちょうど2枚だけいいアジの干物があったので、それを買っていくことにした。これと味噌汁だけだと朝食みたいなので、肉じゃがも作ることにする。きっと、最近のユウはごちそうは食べ飽きているだろうから、こういう庶民的なものの方が喜んでくれるんじゃないかという下心もあった。
 マンションに帰って、料理に取り掛かるために制服のブレザーを脱いで、ブラウスの上からエプロンをつけた。
 鏡の前に立ってみると、おとなしそうな女の子が、恥ずかしげにこちらを見ていた。
 かわいい。
 けど、やっぱり、ユウのタイプとはちょっと違う。
 ユウは、もっと明るくて、元気で、胸の大きい子が好きな筈だ。
 ぼくは、エプロンの上から自分の胸を触ってみた。小さくはないし、世間一般から見たら十分な大きさだと思うが、ユウの気を引くには、全然足りない。
「はあ……」
 ため息が出る。
 落ち込んでばかりもいられないので、夕食の準備に取り掛かる。味噌汁と肉じゃがだから、大した手間ではない。絶妙の味加減で手早く調理を終える。アジはユウが帰ってきてから焼くことにした。
 あとはひたすらユウの帰りを待つ。
 待っている間に、別のドレイの女の子がやってきたらどうしようと不安になった。きっとユウは、ぼくが来ることになっているのだから、他の女の子たちには来ないように言ってあるとは思うのだけど、何だか心配になる。
 ぼくは、エプロンをつけたままじっと待っていた。
 まるで、夫の帰りを待つ新妻みたいだ、と思って、苦笑した。


 取り立ててやることもないので、テレビを見て時間を潰す。掃除でもしようかと思ったが、ユウの部屋はどこも掃除が行き届いていて、塵ひとつ落ちていない。取りあえず、お風呂だけ沸かすことにした。
 夕方のニュースが延々と続き、そのうちにバラエティー番組が始まった。最初はお笑い系で、次がクイズ系。2つの番組が終わって、ドラマが始まったところで、ようやくユウが帰ってきた。
「ユウ!」
 呼び出しのチャイムに反応して、玄関まで走ってしまった。
 うわ。なんだこれ。まるで、帰りが遅い夫を待っていた新婚の奥さんみたいな反応じゃないか。
「ただいま」
 玄関に学生服姿のユウが立っていた。
「どうしたんだ、トモキ。エプロンなんてつけて」
「え? ああ――」
 夕食の準備をするときにエプロンをつけて、そのままになっていた。
「ごはん作ってたから」
「もうできてる? 腹ペコなんだ」
「うん。すぐにアジが焼けるから」
 ちょっと前に、ユウからメールが入っていたので、アジを焼き始めていた。
「遅かったね」
 ぼくは、台所に立って、焼き上がったアジを皿の上に載せながら言った。あまりきつい言い方にならないように気をつけながら。
「買い出しだよ。コーヒーもジュースも今日でほとんど底をつきかけたから、補充。担任の車であちこち買い回ってた」
「担任って……」
 あの、フランス人形みたいな金髪美少女になってしまった英語の教師だ。身長は140センチあるかどうかというところだろう。
「先生が運転したってこと?」
「だって、オレは無免許だし」
 ユウは当たり前のように言った。その教師は、姿は美少女に変わっても、戸籍は男のまま。免許証も、写真が変わっただけで、有効らしい。
「でも、実際問題として、あの身長で運転できるわけ?」
「さすがに、座ったら前が見えないから、ほとんど立って運転してたな。正確に言うと、立ってたんじゃクラッチ操作がしづらいから、ほとんどハンドルにぶら下がってるみたいだけどな」
「マニュアル車なんだ」
「凄かったぞ。懸垂しながらハンドル切ってた。ギアも操作するから、曲がるときは片手なんだけど、それで、結構なスピードできれいに曲がるんだから」
 どんだけ握力と腕力があるんだろう。まあ、『反転』によって女の子になった子は、全員、スポーツ万能になっているから、そのぐらいは驚くようなことでもないのかもしれない。運動は苦手な方だったぼくだって、今ではバク宙とか軽くできるようになったし。
 アジが焼き上がって、ようやく遅い夕食。ユウと一緒に晩御飯なんて、いつ以来だろう。一緒に食事をするのだって、ユウが女の子になっていたときに学校で弁当を食べたのが最後。ここ1ヶ月以上なかったことだ。
 食卓の会話は弾まない。
 ぼくの向かいに座っているユウは、元の男の姿だけど、女の子になって体が小さくなってしまったぼくには、以前よりも大きく見えて仕方がない。ぼくが知っているユウじゃないみたいで、不思議な感じだ。ユウを見ているときの違和感は、否応なしに、今のぼくが女の子であることを意識させる。たまに発するぼくの言葉も、かわいらしい女の子の声になっているので、一言喋った途端に恥ずかしくなって、次の言葉を飲み込んでしまう。
 ユウの方も、なかなか言葉が出てこない。向こうから見たら、ぼくの姿がまるっきり変わってしまっているので、ぼく以上の違和感を感じているのだろう。ぼくがはじめて女の子のユウと会ったときも、なかなかまともに話せなかったような気がする。
「うまいな、これ」
 ユウは、アジに箸をつけたときに、何とかそれだけ言った。折角のユウの言葉に、何か答えなきゃ、と思っているうちに、気の効いた言葉が浮かばず、結局、会話は自然消滅という形になってしまった。
 無言で食事を続けていて、ふと顔を上げると、ユウの目がぼくの胸のあたり――食事の準備をしていたときからつけたままのエプロンを盛り上げている胸のあたりを見ていることに気付いて、赤くなってしまった。
「ね、ねえ、ユウ」
 無言のまま顔を赤らめていることに耐えかねて、ぼくは努めて平静を装いながら言った。
「結局、『反転』って何だったの?」
 折角の久し振りに2人揃っての食事なんだから、そんなことじゃなくて、もっと楽しげな話題を振りたかったのだけど、ぼくには、これしか思いつかなかった。それでも、いずれはちゃんと聞いておきたいことではあったので、この機会に話しておくことにする。ていうか、この際、恥ずかしくなるようなこの場の空気から逃れられれば何でもいい。
「何だったんだろうな」
 ユウは素っ気なく言った。でも、今は、その素っ気なさが救いだ。
「やっぱり、これって、神様か何かの仕業なの?」
 1000人以上もの男を一瞬にして女の子に変えてしまい、それで大した騒ぎになっていないなんて、やっぱり、何か「神」とか、ひょっとしたら「悪魔」とかそんな超常的な力が働いているとしか思えない。
「うーん、何なのかなあ。正直なところ、オレにもよくわかんないんだよ」
「でも、最初は、ユウのところから始まったんだよね。天使とか悪魔とかが現れて、ユウに何か言ったわけ?」
 ぼくがそう言うと、ユウは笑って首を振った。
「んなわけないだろう。トモキ、マンガの見過ぎ。――何ていうのかな。ある日、突然わかったんだよ。『反転』のルールが」
「どうやって?」
「知らないよ。誰かに教えられたわけでもないのに、ある瞬間、『反転』のルールが全部、オレの頭に入ってたんだ。一瞬のことでわからなかったけど、多分、いろんな選択肢があって、無意識のうちにオレはそれを選んでいったんだと思う。今回は、オレが女の子になって、オレとエッチした子が、みんな女の子になるってルールだったけど、実際にはもっといろんなパターンのルールがあるんじゃないかな」
 ぼくは、トモキの「オレとエッチした子が」というところで、また、顔が赤くなるのを感じる。そうだよなぁ。ぼくも、ユウとエッチして女の子になっちゃったんだ。
「それって、世の中には、もっと別のパターンの『反転』が存在するってこと?」
「多分な。実際問題として、世の中の誰もそれに気がつかないんだよ。今回のも、男子校の大半が女の子になったというのに、世の中の誰も不思議に思っていないだろう。普通なら大騒ぎどころか、パニックだよ。何か、凄い力によって、世の中全体が捻じ曲げられて、人間の思考が誘導されているんだと思う」
 確かにそうだ。こんな驚天動地のことが起きているのに、ニュースにすらならない。あまりに事が重大すぎて、ニュースにできないのかと思ったら、そうでもなくて、昨日は、普通にウチの学校の学園祭のことをローカルニュースで取り上げていた。もちろん、男子校の学園祭なのに、画面に映っていたのは女子生徒ばかりだから、明らかに変なんだけど、だれもそのことは問題にしない。ユウのクラスのメイド喫茶がネットで評判になっていたのも見たけど、男子校に大量の女の子がいることには、誰も突っ込んでいなかった。
「実際、女の子になった奴らに聞いても、女の子になったことを嫌がっている奴はいないみたいなんだよな。全員、これまで男として生きてきたし、女だったときのオレとエッチしたわけだから、ホモじゃなかった筈なんだけど、女の子になったことに誰もショックを受けてないんだ」
「それは、ご主人さまのユウに訊かれたから、そんな風に答えてるだけじゃないの?」
 ぼくは、ちょっと意地悪なことを言ってみた。
「だから、オレが正直に答えろって命令しても、答えは同じなんだよ。実際、トモキだってそうだろ。女の子になって、嫌だとか、男に戻りたいとか、思ってないだろ」
「え、ぼく?」
 そう言われると、確かにそうだ。女の子になってしまって、お風呂で自分の裸を見たりするときには恥ずかしいけど、女の子でいること自体は、特に嫌じゃない。男に戻りたいなんてこと、今まで考えたこともなかった。
「女の子になったことによるマイナスの感情とか、男に戻りたいという気持ちが、『反転』によって抑えられているんだよ。だから、誰もそのことを思ったりもしない。実際、オレだって、女だったときには、それが特に嫌じゃなかったし、戻りたいとも思っていなかった。今思うと、あんなこと、よくやってたなって思うけど。まあオレのときは、時が来れば男に戻ることがわかっていたんだけどな」
 ユウは落ち着いた声でそう言った。ユウが女の子だったのは1ヶ月の間だったけど、それはあの教室の外で流れた時間だ。実際のところは、ユウの主観では、何ヶ月か、下手したら、何年という時間を女の子として過ごしていた筈だ。そのせいか、最近のユウは、以前よりも落ち着いて、大人びた感じがする。
「でもさ、それだと、ぼくやユウが『反転』について、こうしてあれこれ話し合ってるってこと自体おかしくない? 『反転』によって思考が抑制されるとしたら、今、ぼくたちが『反転』について話したりできない筈だよ」
「オレとトモキだけは特殊なんだろうな。まあ、オレは『反転』の中心にいたわけだから、『反転』について知っているのは当然だろう」
 確かにそうだ。でも、ぼくの場合はどうなるのだろう? やっぱり、ユウとの「主従関係」が逆転してしまっているために、普通のドレイの女の子たちとは違うのだろうか?
 ぼくがそんな風に言うと、ユウはこんな見解を披露した。
「よくわからないけど、トモキも特別なんだと思うよ。大体、オマエは最初から変だったんだ」
「変って?」
「『反転』が効きにくかったってこと。オレが女の子になった最初の日のことを憶えてるか? オレが女になっても、誰一人としてそれを疑問に思わなかったのに、トモキだけは、初日からこう言いやがった。『ユウはどうして女の子になっているの?』って」
「そうだっけ?」
 女の子のユウとはじめて会ったときのことは、今でもよく憶えてるのだけど、ぼくがそんなことを言った記憶はない。
「そのときのオレの『知識』では、オレが女の子になってたあの状況を変に思っている奴がいたら、『反転』という言葉を出してやれば、納得するってことだった。ただし、あまり頻繁に使いすぎると、効き目が悪くなるってことだったから、あまり使いたくなかったんだけどな。初日の一番最初にやってきたトモキがいきなり効いてなかったから、オレはずいぶん焦ったんだぞ。まあ、『反転』って言った途端に納得してくれたんでよかったけど」
「そんなことあったっけ?」
 全然憶えてない。
「ひょっとして、ぼくの記憶が消されたってこと?」
「多分な。要するに、何だかわからないけど、この『反転』という不思議な現象には、人間の思考や記憶さえも変えてしまう力があるってことだ」
 そう言って、ユウはアジをきれいに平らげた。
 知らないうちに自分の記憶が消されているなんて、物凄く怖いことの筈なのに、不思議とそんな感情は湧いてこなかった。
「そう言えば――」
 ぼくは、以前から考えていたことを口にする。
「『反転』の直前の3日間。ぼくがタクローたちから逃げ回っていたときのことなんだけど」
「うん」
「今考えたら、何も、毎日学校に来て校内を逃げ回る必要なんてなかったんだよね。学校なんか行かずに、家でじっとしているとか、どこか別の場所で隠れていればよかったんだ。でも、あのときのぼくには、そんな発想は、全然なかった。――ユウはそのこと、気付いてた?」
 ユウは、肉じゃがを口に入れながら、首を振った。
「それ、今はじめて気付いた」
「そこからして変だろう。だって、あのときのユウは、物凄く頭が良かったわけだから」
「全教科ほとんど満点取るぐらいにな」
 ウチの学校のテストは、その辺の大学入試なんて比べ物にならないぐらい難しいから、全教科満点なんて、並大抵の頭ではない。もっとも、最近では、本当に全教科満点なんて子が何人もいるけど。
「そんな頭のいいユウがこの程度のことに気付かなかったなんて、どう考えても変だよ。タクローたちだって、何も学校でぼくを捕まえる必要はなかったよね。ぼくの家で待ち伏せしていればよかったんだよ。でも、誰もそんなことには気付かなかった」
「要するに、『反転』の力によって、そういう抜け道的な発想は、すべて封じられていた、ということだろうな」
「でもさ、だとしたら」
 ぼくの思考は、再び最初の疑問に戻ることになる。
「ぼくたちが今こうやってそのことについて議論しているのはどうなの?」
「『反転』的に、OKってことなんじゃないか?」
「OKって?」
「さっきも言ったろう。オレとトモキは特別なんだって」
「特別――」
「オレもそれなりに『反転』について考えてみたんだ。特に、女の子だったときには、死ぬほど時間があったから」
「うん」
 女の子として、いろんな奴とエッチしながら考えていたってことだ。ぼくはまた少し顔が赤くなる。
「もちろん、その考え自体も肝心なところは封じられている可能性はあるけどな。おれが考えられる範囲で、『反転』後にもいろいろ調べたり、ドレイの女の子や先生にも、それとなく訊いてみた。それで、おれの結論はこうだ」
 ユウが言ったのはこういうことだ。
 歴史の中では、ある特定の時代、特定の地域に複数の稀有な才能がまとまって出現することがある。それらは、『反転』によって出現した才能なのかもしれない。世の中には、今回ぼくたちの身に起きたのと同じような『反転』が無数に起きていて、不自然な点があるのに、誰もそれに気付かないのではないか。
「もちろん、多くの才能が現れるのは、時代的な背景があって、必然的にそういう才能が出てきたのかもしれない。戦乱の世には多くの英雄が生まれるようにな。でも、歴史には、突然変異的に凄い人間が現れて、そいつとその周りの少人数のグループが歴史を大きく動かした、という事実も多いんだ」
 ユウは、そう言って、かつて、大帝国を築き、後世に計り知れないような影響を与えた複数の英雄の名を上げた。
「『反転』は、ぼくらに、そんな大それたことをさせようとしてるってこと?」
 実際、ユウの元には、物凄い才能を持ったドレイの女の子たちが大勢いる。ノーベル賞ぐらい簡単に取りそうな子。オリンピックでいくつも金メダルを取りそうな子。他にも、音楽とか、文学の世界で物凄い才能を発揮する子もいるだろう。彼女たちがその能力を存分に発揮したら、世界は変わるのかもしれない。彼女たちのご主人さまであるユウは、世界を変えるような存在になれるのかもしれない。
「まあ、『反転』って言っても、規模はピンからキリまであるだろうから、どの程度のことができるかは疑問だけどな」
 きっと、『反転』の中には、平凡な夫婦の間に突然、東大に行くような兄弟が生まれた、とか、同級生で作ったバンドの中に凄いヴォーカルと凄いギタリストがいた、なんて、小規模なものもあるに違いない、とユウは言った。
「大体、宝くじなんて怪しいと思わないか? 調べてみたら、ある地方でやたらと1等が出てたりするんじゃないか?」
 ユウの言うことはもっともだけど、もしそうだとしたら、やっぱり、ぼくたちはそれらの『反転』については気付かないんじゃないかと思う。基本的に、『反転』は世の中の誰にも気付かれないものの筈なのだ。ぼくとユウは、ユウが引き起こした『反転』だけは気付いているけど、この世の中で起きている他の『反転』には気付けないようにできているのではないか、とぼくは考える。
 ユウの仮説には、うなずかされるところも多いし、ユウの言うとおりだという気もするけど、問題は、そこじゃない、とぼくは思う。ぼくとユウが、本当なら気付ける筈もない世界各地で起きている『反転』について、あれこれ考えている、ということの方が大問題だ。
 なぜ、ぼくたちには『反転』が見えるのだろう?
 いや、そうじゃない。ユウは『反転』には気付いているが、そこから先は見えていない。『反転』の事例を探すのに夢中で、その先まで考えが至らないのだ。結局、ユウの考えも『反転』によって、誘導されている、ということなのだろうか?
 結局、『反転』の先にあるものにまで考えが及んでいるのは、ぼくだけなのだ。
 ぼくは、今のこの状況について、もう一度考える。
 ユウに聞かされた『反転』に関する仮説。そして、ぼくだけが気付いているこの論理の矛盾。
 そもそも、なぜ、ぼくだけが特別な立場にいるのだろう?
 最初に出てきた答えは、ぼくがユウのご主人さまであるということだった。
 ユウは、大勢の才能溢れたドレイたちを持っている。彼女たちは、ユウの命令なら何でも聞く。
 大勢のドレイを抱えているユウにも、この世で1人だけ、頭の上がらない人間がいる。それは、ぼくだ。
 でも、それはぼくが一番偉いというわけではない。ぼくが命令できるのはユウに対してだけ。彼女たちはユウのドレイであって、ぽくのドレイじゃない――。
 ぼくは、ユウが挙げた過去の英雄たちの事蹟を思い出してみた。それ以外にも、さまざまな歴史上の英雄たちを思い浮かべてみる。
 ユウは、歴史上の『反転』と思われる事例を列挙しているところだった。ぼくは、ユウの話に耳を傾けた。
 ユウの知識は膨大で詳細だった。ぼくは、ユウの話を1つ1つ頭に刻み込んだ。そして、『反転』の中心にいたと思われる人物の多くが、道半ばにして斃れたということを知った。病気のために。あるいは、暗殺によって……。
 ――わかった。
 なぜぼくが『反転』の埒外にいるのか、わかったような気がした。
 そして、ぼくがこれから何をしなければならないか、ということも。
「ユウ」
 ぼくは、、相変わらず夢中になって話しているユウの言葉を遮った。
「今日、ぼく、ここに泊まっていい?」
「あ、ああ」
 ユウは、ちょっと戸惑ったように言う。ぼくがユウの家に泊まるのは、久しぶりだけど、珍しいことじゃない。ただし、そのときはこのマンションではなくて、ユウの実家の方。その頃のぼくたちは男同士だった。でも、今のぼくは女の子。そのことが今のユウの戸惑いの元なのだろうと思う。やっぱり、ぼくのことを少しは女の子として意識しているんだろうか。いや、意識してくれているんだろうか?
 食事が終わって、ぼくはその後片付け。ユウはお風呂に入っている。ちょうど、食器洗い機から皿を棚に戻し終えたときに、ユウが出てきた。
「ぼくも、入るね」
 ユウの返事も待たずに駆け足でバスルームに飛び込んだ。ふう。
 脱衣所の鏡に背を向けて服を脱ぐ。なるべく下を見ない。いつものことだった。
 一糸纏わぬ女の子の姿のぼくは、自分の体の隅々まで、いつもよりも丁寧に洗った。湯船に浸かると、真っ白だったぼくの肌が、桜色に染まってきた。左の胸の鼓動がいつもよりも速くなっているのがわかる。ぼくは、湯船の中に座って、心を鎮めようとしたけど、胸の鼓動は早まるばかりだった。
 ぼくは、意を決して湯船を出た。脱衣所の鏡に自分の姿を映してみた。いつもなら、こんなことはしない。桜色に上気した全裸の美少女がこちらを見ていた。気が弱そうで儚げなところはいつものぼくだけど、その中に、少し艶めいた表情があって、何だかぼくじゃないみたいだった。形のいい胸がつんと上を向いている。心なしか、いつもよりも大きくなっている気がして、ちょっと嬉しかった。このぐらいなら、ユウも気に入ってくれるだろうか。
 ぼくは、髪をドライヤーで乾かすと、白いバスタオルを体に巻いた。胸を完全に隠すのではなくて、谷間がこぼれて見えるように、何回も巻き直す。裾も、ぼくのきれいな足が目一杯見えるところまで、折りたたんで短くした。鏡でバスタオルの巻き具合と髪を入念にチェックして、「完璧」と小声で呟いてから、ぼくは脱衣所を出た。
「トモキ……」
 ユウはソファに座ってウーロン茶を飲んでいたが、風呂上りのぼくを見て、ちょっとびっくりしたようだった。
「のど渇いちゃった」
 ぼくは、そう言って、ユウの隣に座る。もちろん体をくっつけるようにして。
「お、おい、トモ……」
 ユウの言葉が途切れた。顔が赤くなっている。多分、バスタオルからこぼれるぼくの胸の谷間が目に入ったからだろう。ぼくの胸は、そんなに巨乳ってわけじゃないけど、一応、Cカップだし、下から持ち上げるようにバスタオルを巻いたから、それなりの迫力の筈。たぶん。不意討ちで、ユウをどきどきさせるぐらいのことはできたと思う。
「トモキ、お前、何か変だぞ」
「変じゃないよ」
 ぼくは、澄ました顔で言った。
「これはお返しだよ」
「お返し?」
「だって、ユウが女の子だったとき、こんな風に散々ぼくをからかってただろ」
「からかったって?」
 ユウの顔が一段と赤くなった。結構、おもしろい。
「あ、あれは、別にからかってた訳じゃないぞ」
 最近は、いつも落ち着き払っているユウだけど、珍しく、しどろもどろになっている。こういうユウもカワイイ。
「からかってた訳じゃなかったの?」
「いや、少しはからかう気持ちもあったけど――」
「あったけど?」
「あのときは――お前に、その――抱いて欲しいな、って思ってたから」
 ユウはそれだけ言うと、本当に真っ赤になった。
「そう。――だったら」
 ぼくが言う。今度は、ぼくの方が少し赤くなりながら。
「だったら、今のぼくと同じだ」
 ユウが「えっ?」という感じで、ぼくを見た。
 沈黙――。
 ユウは、ぽかんとしたまま、ぼくを見ている。
 ぼくは――勢いに任せて、とんでもないことを言ってしまったぼくは、腹を括って、ユウに気になっていたことを訊いてみた。
「ねえ、ユウ。ここへは他のドレイの女の子も来るの?」
 ぼくは慎重に言葉を選びながら、そう言った。
 ぼくは、ユウのご主人さまだ。だから、ユウはぼくの命令には逆らえない。
 でも、こんな風に質問するだけだったら、命令じゃないから、ユウはぼくの質問に答えなくてもいい。もし、ぼくが「質問に答えてよ」と言ったら、ユウは答えないわけにはいかない。その場合でも、本当のことを答えるか、嘘をつくかはユウの勝手だ。ただし、ぼくが「正直に答えて」と言ったら、ユウは本当のことを言わないといけない。つまり、ぼくは、ユウに質問をしておいて、後からその答えが本当だったかどうかを確かめることができるということだ。
 これは、まるでトランプのダウトというゲームみたいだ。ユウは、「エース」と言って、別の札を置くこともできる。ぼくはそれに対して「ダウト」と言って、真偽を確かめることができる。
 でも、ぼくは、親友のユウの言葉の真偽をいちいち確かめたいなんて思わない。ぼくが「ダウト」と言ってしまったら、それが正しい札であれ、嘘の札であれ、ぼくとユウの関係はもう戻れないような気がするから。
 だから、ぼくは、ユウに対して、決して「正直に答えて」とは言わない。そう決めている。
 でも、それは、あくまでぼくの立場からの話。
 ユウの立場からすると、ぼくに嘘をついてしまった場合、「ダウト」と言われるのではないかと気が気ではない筈だ。だから、ユウはぼくに対しては、多分、嘘をついたりはしない筈だ。あくまで、多分、だけど。
「来るよ」
 ユウはそう答えた。これは、本当の答えだろう。
「毎日のように誰か、来る」
「そうなんだ……」
 ぼくは、この部屋にやってきたはじめての女の子というわけではなかった。そりゃあ、部屋も台所もきれいに掃除されているし、多分、そうだろうとは思っていたけど――。ぼくの声はちょっと沈んでいた。
「だって、仕方ないだろう。来たいって言うんだから」
 ユウは、『反転』に巻き込んでしまって、女の子にしちゃった手前、無碍には断れないのだ、と弁解した。それはぼくにもわかってはいるんだけど、あまりいい気持ちはしない。
「それに、いつもだったら、2人でも3人でも同時に来るんだけど、今日は、トモキが来るから、他の子は断ったんだぞ」
 ユウは、ぼくだけが特別だというようにそう言った。
「いつもは、そうやってドレイの女の子たちがごはん作ってくれるんだ」
「まあな」
「で、泊まって行くわけ」
 ユウはぶるぶるとかぶりを振った。
「泊まらないって。ちゃんと帰す。帰りが遅くなったときは、このマンションの別の部屋に泊める」
「そうなの?」
「何のために同じマンションで5つも部屋を買ったと思ってるんだよ」
「ドレイの女の子たちを飼うため、って噂だよ」
「飼うってなんだよ。1つはオレが住むための部屋。残りは、女の子たちが泊まっていくための部屋だ。だから、この部屋には、誰も泊めない」
「ぼくは、いいの?」
 ぼくは、そう言って、隣に座っているユウの顔をのぞきこんだ。
「トモキは特別だ」
「特別って? ぼくが、ユウの親友で、ドレイの女の子たちの誰よりもつきあいが長いから? それても、ぼくがユウのご主人さまだから? それとも――」
「だから、お前がトモキだからだよ」
「え?」
 ユウは、ぼくの方に向き直って、ぼくの華奢な両肩をつかんだ。
「だから、お前がトモキだから、特別なの。お前とは長い付き合いだし、お前がおれのご主人さまってのもそうだけど、そういうとこ全部ひっくるめて、トモキなんだろう? オレは、そんなトモキがいいの」
「で、でも……」
 ぼくは自分の体を見下ろす。
「ぼく、他の子みたいに、胸大きくないよ」
「それだけありゃ、充分だろ。それに、トモキはそういう子が好きだったんだろ。トモキが気に入ってるんなら、それでいいじゃないか」
「……」
「大体、『反転』から1ヶ月も経ったってのに、今日まで、1回もここに来ないってのはどういうわけだよ。ずっと待ってたんだぞ」
「待ってたって――ぼくを?」
「他に、誰がいるんだよ。そもそも、オレが女の子だったときだって、最初はトモキがいいって思ってたのに、お前はちっともその気になってくれなかっただろ。傷ついたんだぞ、オレなりに」
「ご、ごめん……」
 ぼくは、思わず謝った。けど、どうしてぼくが謝らないといけないんだ?
「もういい。トモキ、来い」
 ユウはそう言うと、ぼくの返事も待たずにぼくを抱え上げた。お姫様抱っこってやつだ。
 体に巻いたバスタオルがめくれそうになって、ぼくはユウに抱かれながら、必死にバスタオルを抑えていた。
「ちょっと、待ってよ。見えちゃうよ」
「何を今更。そのつもりだったくせに」
 そうなんだけど。でも――。
「もうちょっと、ムードとか、さ」
「面倒だから、さっさと済ませちまおう」
「そんな」
 ユウは、ぼくをお姫様抱っこしたまま、寝室に運んで、ベッドの上にそっと降ろしてくれた。
「後がつかえてるんだから、仕方ないだろ」
「後って?」
「オレのドレイの女の子に決まってるだろう。抱いてくれってうるさいんだけど、全部待たせてるんだから」
「待たせてるの?」
「そうだよ」
「なんで?」
「あのな」
 ユウは、呆れたという顔をした。
「トモキは、男だったとき、はじめての相手は誰だった?」
「ユ、ユウだけど」
「じゃあ、女としてのはじめての相手は?」
「ユウ――になるんだよね、これから」
「男としても女としても、はじめての相手がオレってのは、トモキ的にはどうなの?」
 ユウに突然そんな風に言われて、ぼくは、赤くなってしまった。
「――ユウ、だったら、いいかな、と」
「オレだって、同じなんだよ」
「え?」
「だって、オレの女の子としてのはじめての相手は、たまたまあの教室にやってきた奴だったんだぜ。オレが女の子になって、2日目のことだ」
「そうなの?」
「ニブイ奴だな。あの教室に最初に来たのはトモキだったんだよ。最初の日の夕方だ。お前が最初の相手になると思っていたのに、お前がオレに手を出さなかったせいで、オレは別の奴にはじめてをあげちゃったんだぞ」
 そ、そうなのか? なんだか、ユウ、怒ってるみたい。
「で、男のときのはじめてこそはトモキにしようって思っていたのに、お前はなかなか来てくれないだろ。その間にドレイの女の子たちから迫られて、断るのにどれほど苦労したと思ってるんだ!」
 そう言って、ユウはぼくの体に巻いたバスタオルに手をかけた。 
「な、何するんだよ」
「もう我慢できない。トモキを抱く」
「え、ええーっ。――ちょっと待ってよ」
 ぼくは、体を堅くして、ユウから逃れようとする。
「待てない。――って、トモキ、それ、本心じゃないだろ」
 ユウはベッドの上で暴れるぼくを押さえつけた。ぼくは「待って」と言ったのに、ユウはその言葉を無視している。
 ぼくのユウに対する命令は絶対だ。でも、その命令は、本心からのものでなければ、命令と見做されない。ぼくは、口では「待って」なんて言っているけど、本当は待って欲しくなんかないんだ。
 ぼくの体に巻いたバスタオルは、あっけなくユウに剥ぎ取られてしまった。
 ぼくは、ユウの前で、裸になった。
「ほら、捕まえた」
 ユウはぼくの胸に手を当てて揉み始めた。
 な、なにこれ。軽く揉まれただけなのに――。
 ユウの指がぼくの乳首に当たる。
「ひ、ひゃんっ」
 思わず、声が出た。今の声、ぼくの? ユウの前であんな声出して、恥ずかしいよ。
「や、やめて!」
 そう言ったけど、ユウはやめてくれない。
「口先ばっかりだな、トモキは。本当は、やめて欲しくないくせに」
 ユウにそんなこと言われて、恥ずかしくて仕方がない。
 その間にも、ユウの愛撫は続く。いちいち声が出そうになるのを必死で我慢する。
 あっ、ああっ。
 ぼくは、恥ずかしいのと、気持ちいいのとで、何も考えられなくなる。
「はっ、はっ、はあんっ」
 喘ぎ声が勝手に口から零れ落ちる。
「まったく、トモキは、ウソツキだな。もっと、正直になれよ」
 ぼくの中で、何かが弾き飛んだ。
 気がついたら、ぼくは叫んでいた。
「ユウっ、ぼくを抱いて! 抱いて、抱いて、めちゃくちゃにしてぇっ!」
「わかりましたよ、ご主人さま」
 その後、ユウはぼくの「命令」通り、ぼくを何度も抱いて、めちゃくちゃにしてくれた。


 外が明るくなりかけてきた。
 寝室の天井の模様がぼんやりと見えるようになってきた。
 ぼくは、暗闇の中のベッドでじっとしていた。
 隣で、ユウが寝息を立てている。
 結局、ぼくたちは、明け方近くまで抱き合った。
 ユウが女の子だったときには、ぼくたちには無限の時間があったけど、今のぼくたちは、時に縛られる存在だ。あのときには、ことが終わるたびにリセットされていた体も、今では1回ごとに疲れていく。それでも、ユウは、体力の続く限り、ぼくを抱いてくれた。ぼくの命令ではなく、ユウの意思で。
 すべてが終わって、ユウはぼくの隣で眠りに就いたところ。『反転』によって女の子の体になった者は、見た目と違って、体力の塊みたいな女の子なので、一晩や二晩徹夜したって平気だけど、生身の男に戻ったユウに取っては、一晩中ぼくを抱くのは結構キツイに違いない。
 ぼくは、ユウの寝息を聞きながら、『反転』の意味を考えていた。
 ぼくらの世界に『反転』を引き起こしているのが、神なのか、悪魔なのか、それはわからない。
 何のために、『反転』なんてものが起きるのかも不明だ。ひょっとしたら、『反転』は、この世界が発展していくための推進力なのかもしれない。『反転』によって、新たな才能が生まれ、力あるものが出てきて、歴史を大きく動かしていく。
 あるいは、実際に神とか悪魔という存在がいて、彼らが『反転』を引き起こしているのだとしたら、『反転』は彼らの暇つぶしに過ぎないのかもしれない。ゲームの中のレアアイテムみたいに、プレーヤーが戯れに誰かの頭上に落としているだけなのかもしれない。
 でも、それは考えても仕方がないことだ。ぼくもユウもドレイの女の子たちも、この世界の外には出られない以上、この『反転』の中で生きるしかない。
 ぼくは、これから起きること考える。
 ドレイの女の子たちは、その物凄い才能で、世界を変えていくだろう。
 そして、彼女たちの後ろには、ご主人さまであるユウが常にいるに違いない。
 ユウが新たな世界を作っていくのだ。
 じゃあ、ぼくは?
 ぼくの役回りは何だろう?
 食事のときにユウと話していて、はっきりとわかった。
 ぼくは、監視役なのだ。
 決して裏切らない物凄い才能達をドレイに持ったユウ。やがて、ユウは、物凄い力を手にするのだろう。そんなユウが暴走しないための監視役。
 物凄い才能を持った女の子たちの使い方次第では、世界は良くも悪くもなる。
 それは、彼女たちを使うユウにかかっている。
 ぼくは、ユウのことを見守り、場合によっては、ユウを排除する。
 そんな使命を帯びた監視役だ。
 そのために、ぼくは、生涯、ユウと共にいることにした。だから、こうして、ユウに抱かれた。
 ユウがぼくを常に手元に置いておきたいと思うように。
 もちろん、それは違うって思っているぼくもいる。
 ぼくがユウに抱かれたのは、ユウが好きだから。ユウのことが好きで好きでたまらないから。
 正直に言えば、それが、今のぼくの感情だ。
 でも、それも、本当は疑わしい。
 ぼくは、ユウのことが好きだ。
 でも、それは、昔からの友達として、親友としてのもの。いくらぼくの体が女の子になったからと言って、男女の恋愛対象として、ユウを見ていたわけじゃない。少なくとも昨日までは。
 でも、今日になって急に、ユウのことが気になりだした。女の子として、ユウという異性を気にし始めた。
 事ある毎に、自分を他の女の子と比べていた。比べるときの視点はただひとつ。ユウなら、どっちを気に入るだろうか、ということ。ユウがぼくを見てくれるのが嬉しくて、ユウが他の女の子と話しているのが悲しかった。
 その結果、今、ぼくはユウと同じベッドの上にいる。
 もちろん、そのことは嫌じゃない。というより、凄く嬉しい。ユウに抱いてもらって、こんなに嬉しいことはない。
 でも、それは、ぼくの本当の感情じゃない。この感情も、『反転』によって、与えられたもの。多分、ユウがぼくを抱く、という結果を得るために、『反転』がぼくの感情を操作したのに違いない。
 ぼくが、ユウの監視者だという発想だって、本当は、ぼくが考えたのではなくて、『反転』によって答えを知らされたのだ。でも、ぼくは、その結論を疑ったりはしない。『反転』によってもたらされた考えならば、それ以外に真実はありえないのだから。
 こんなふうに、ぼくは、『反転』についてあれこれ考えていた。考えてみたら、『反転』についてあれこれ考えられること自体が不思議なことかもしれない。『反転』は、どうしてぼくがこんなふうに考えることを許しているのだろう。
 部屋がだんだん明るくなってきた。朝が近い。
 眠くなった。少しは寝ておいた方がいいのかもしれない。
 眠ることにしよう――。
 そうか。ひょっとしたら、こうして眠ってしまったら、これまで、考えていたことも全部忘れてしまうのかもしれない。ひょっとしたら、『反転』があったことも……。
 ぼくは、ぼんやりとした頭で思いをめぐらせ、やがて、眠りに落ちた。





「おはよう」
 目を開けたら、そこにはユウの顔があった。
 そうだった。昨日は、ユウといっぱいエッチして、そのまま寝たんだった。
 でも、こうして、その日最初に見るのがユウの顔だってのは、何だか嬉しい。
「何だか、浮かれてないか、トモキ」
 気持ちが顔に出ちゃってたみたいだ。
「だって、朝起きて、最初に見たのがユウの顔だったんだから。こんな嬉しいことはないよ」
「そ、そうか――」
 ユウの奴、照れてる。かわいいなぁ、ユウ。
 ぼくは、思わず、ユウのほっぺにチュッと口づけをした。
「な、なにするんだよ」
「へへっ。お目覚めのキス。目、覚めた?」
「覚めた、覚めた。――それじゃ、これはお返し」
 そう言うと、ユウはぼくに覆いかぶさって、ぼくの唇を奪った。
「んんっ、ん……んんっ!」
 ユウは舌を入れてきた。ぼくの体がとろけそうになる。
 ああ、ユウ。凄い。朝から、凄いよっ。
 昨夜のままだから、2人とも裸。
 ユウはぼくの右の乳房を掴んで、尖りかけている乳首をきゅっと摘み上げた。ぼくはその刺激に耐えかねて、声にならない悲鳴を上げた。
「ああ、ユウ。最高だよ。サイコー!」
 朝一番からユウに抱いてもらえるなんて、1日のスタートとしては最高だ。
「来て、きて、キテーッ!」
 ぼくは、朝のベッドの上でよがり狂いながら、ユウを受け入れた。


「はいっ、トースト焼けたから。バターは自分で塗ってね」
 ぼくは、大忙しで、朝食の準備をしている。
 起きたときには、余裕を持って間に合うかな、と思っていたけど、予定外のことが入って、ユウのパンを焼くのがやっと。ぼくは、これから身支度しなければならないので、朝食は抜きになりそうだ。
 もっとも、朝食よりももっとおいしいものをいただいたから、いいんだけどね。
 ユウは自分でバターを塗って、トーストを齧り始めた。もう、真っ黒な学生服に着替えている。
 ウチの学校は、いまどき珍しい男子校。校是が質実剛健なんていう「いつの時代だ」と突っ込みたくなるような古めかしい学校だ。制服も真っ黒な詰襟の学生服。今、ユウが着ている奴だ。
 もっとも、それは男子の場合。女子の制服は、今、ぼくが着ようとしているブレザータイプのかわいい奴。スカートが短いのがちょっと恥ずかしいけど、さすがは有名デザイナーに発注したというだけあって、近所の高校の間でも評判の制服だ。いくら古めかしい男子校とは言え、やっぱり、女子生徒の制服はかわいい方がいいし、そうでないといい生徒も集まらないのだろう。
「トモキ、大丈夫か? 何なら、誰かに迎えに来てもらおうか」
 ユウには、1000人以上のドレイの女の子がいる。ユウの言うことなら、どんなことだって聞くという女の子たちだ。そのほとんどは、ぼくたちと同じ学校の生徒なんだけど、中には、教師のドレイもいるので、電話すれば、車で迎えに来てもらうということも可能だ。
「いいよ。ちゃんと間に合うから」
 ぼくは、鏡の前で髪を整えながらそう言った。うん。ばっちり決まった。
 第一、ユウと2人で登校するなんて、滅多にないチャンスなのだ。迎えに来てもらって、校門のところで車を降りたって仕方がない。折角、朝食を抜きにしてまでして時間を捻出したんだから、ユウと2人で歩いていくのでなければ意味がない。
「お待たせ」
 制服のブレザーを着て、朝食を食べ終えたユウと一緒にマンションを出る。
 ユウに寄り添って、腕を組んでみたけど、ユウは嫌がる素振りも見せずに一緒に歩いてくれた。さすがに、ふざけて、ユウの腕にぶらさがったら、「重い」って言われちゃったけど。
「ねえ、ユウ」
「うん?」
「ぼく、あのマンションに住んでもいいかな」
 思い切って、そう言ってみた。
 実は、ぼくはユウのご主人さまってことになっているので、「住ませろ」って命令しちゃえば、それで決まりなんだけど、なるべくならユウに対して、あんまり命令はしたくない。できれば、何事も、ユウの意思を尊重したい。
「いいよ。トモキなら」
 ユウは、そう言ってくれた。
「ほんと? じゃあ、ぼく、今日から毎日ユウのために晩ご飯作るよ」
「あ、悪い。毎日じゃなくて、1日置きぐらいでいい」
「どうして?」
「だって――他の女の子のことも構ってやらないといけないだろう」
 ユウは、ぼくから目をそらすようにそう言った。
 ぼくは、「ええっ、そんなの嫌だよ」と言いたいのをこらえた。
 ユウには、1000人以上ものドレイの女の子がいる。中には、ユウのお世話をしたいって思っている子がたくさんいるみたいだし、ユウに抱かれたがっている子も大勢いる。どうも、彼女たちの思いは本気らしい。
 だとすると、いくらぼくがユウのご主人さまだとしても、ユウを独占しちゃうのは、気が引ける。ユウも、ドレイの女の子たちに対して、ご主人さまとしての気遣いってものがそれなりにあるだろうから、まるっきり相手にしない、というわけにはいかないのだろう。
 それでも、ぼくとしては、他の女の子なんて全部無視して、ぼくだけを見て欲しい、という気持ちはあるし、いっそのこと、ドレイの女の子のところには行かないように命令してやろうかと思ったけど、それもやめた。だって、そんなことしてユウがぼくだけものになったとしても、それがユウの本心でなかったら、虚しいだけだから。
 ただし、ドレイの女の子たちは、ユウの子供を勝手に身籠らないってことだけはユウに命令しておいてもらおう。ぼくも、ユウのドレイの女の子たちも、妊娠するかどうか、自分で決められるのだ。やっぱり、ユウの一番最初の子供は、ぼくが生みたい。ユウがドレイの女の子たちとエッチするところまではギリギリ認めるけど、この点だけは、絶対に譲れない。
 ということで、ぼくは、ユウのマンションに住み着くことになった。
 一応、毎日、ユウはぼくたちの部屋に帰ってくる。一旦帰ってきた後、1日置きに、ドレイの女の子に会うために出掛けていく。ぼくとしては、心穏やかではないけど、そこは我慢我慢。ぼくはユウのご主人さまなんだからそこは心の広いところを見せないとね。
 それに、見方を変えれば、ユウはあんなにたくさんの美少女の中から1日置きにぼくの元にやってきて、ぼくのことを抱いてくれるんだから。
 そんなわけで、ぼくは今日もユウに抱かれている。
 そろそろ、ユウの子供を身籠ろうかどうしようかと、考えながら。
 

― 完 ―








テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》 - ジャンル : 小説・文学

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