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呪遣いの妻 18

 10時過ぎに出社したおれは、秘書室に顔を出した。
「おはようございます」
 秘書室のメンバーが一斉に立ち上がって、おれに挨拶をする。おれは、秘書たちの姿をうっとりとした目で見回した。
「社長、本日のスケジュールです」
 おれの傍らにやってきた秘書室長から、予定表を受け取る。見ると、午後に「会長」とだけ書いてあった。今日は珍しく、人と会う予定が入っている。
 おれは、「ありがとう」と言って、社長室へと通じる扉に向かう。秘書の1人がドアを開けてくれた。
 社長室には、おれが仕事をするための大きな机と、秘書用の小さな机、それに来客用の応接セットがある。機能性を重視した造りになっているので、装飾品の類は何も置いてない。おれは、社長室を素通りして、更に奥の部屋に入った。
 ドアを開けると、部屋の様子が一変する。
 床には絨毯が敷き詰められ、壁には風景画が掛けてある。テーブルや椅子といった調度品も高級品ばかりで、機能重視の社長室とは一線を画した部屋になっている。まるで、一流ホテルか高級マンションの一室のようだ。
 元々は、仕事が忙しくて会社に泊まりこむことがしばしばだったおれの「宿直室」として作ったものだ。それから紆余曲折あったが、最近では、この部屋は「居間」と呼ばれている。
 おれは、「居間」にあるイタリア製の椅子に座った。少し考えると、内線で、秘書室にいる中で一番若い秘書を呼び出した。今年雇ったばかりの新人秘書だ。
「失礼します」
 しばらくすると、秘書が紅茶といちごムースのケーキを持ってきた。
「どうぞ」
 秘書がそう言って、おれの前に恭しく紅茶とケーキを置いた。ちょっと手が震えている。まだ、「社長」に呼ばれることに慣れていないみたいで、緊張しているのが見て取れるところが、かわいい。おれが「ありがとう」と言って微笑んでやると、秘書の顔が紅くなっていくのがわかった。おれは、そんな秘書の恥ずかしそうな仕草に、我慢できなくなってくる。
 紅茶を置いた秘書は、おれに一礼して、隣接するバスルームに消えた。
 おれは、気持ち鎮めるようにゆっくりとケーキを味わい、紅茶を飲み干すと、頃合を見て、服を脱ぎ始めた。全裸になって「居間」の奥にある部屋に向かった。
 そこには、大きなベッドが鎮座している。「寝室」だ。
 やがて、秘書がバスルームから出てきた。
 おれは、秘書と激しい口づけを交わし、そのままベッドに倒れこんだ。
 おれと秘書は、ベッドの上で情熱を燃やした。


 おれは、大手機械メーカーの社長だ。
 親父の代までは、自動車の部品を作る下請けの町工場に過ぎなかったのだが、今から22年前に親父が急死し、まだ学生だったおれが跡を継いでから、会社は急発展を遂げるようになった。
 おれは30代半ばにして、都心の一等地に自社ビルを構える程の大企業の社長になった。35歳のときに、おれに転機が訪れ、おれは、社長の座から退いた。そのときは、2度とこの会社に来ることはないだろう、と思っていたのだが、6年後、再び社長としてこの会社に戻ってきた。まさかもう一度、この会社の社長の椅子に座ることがあるなんて、思いもしなかった。
 再び社長になって、1年。最初は戸惑ったが、今では問題なくこなせている。もっとも、周りに優秀な人間がいて、何でもやってくれるから、社長のおれがやることなんて、ほとんどないのだが。
 秘書が行ってしまうと、おれは、バスルームで汗を流すことにした。浴室の大きな鏡の中から、小柄な美少女が全裸のまま、こちらを見ている。年の頃は、16、7といったところ。背は低いが、体はモデルのように細い。同級生たちからは、いつも羨ましがられていたプロポーションだ。
 おれが自分の胸に手を当てると、鏡の中の美少女も、程よくふくらんだ胸に手を当てた。
「あんっ」
 艶かしい声が、おれの口からこぼれ、鏡の中の美少女の顔が少し淫らに紅く染まった。
 おれは、長い時間をかけて、シャワーを浴びた。さっきの秘書とのセックスの余韻がまだ残っている。それを鎮めようとしてシャワーを浴びたのに、却って体が火照りだした。いつものことだ。おれの淫乱な体は、まだ未熟な新人秘書に1度抱かれたぐらいで満足したりはしないのだ。
 おれは、次の秘書を呼ぼうかと思って、思いとどまった。今日は、「会長」と会う約束があるのを思い出したからだ。予定は午後だったが、昼前にはこちらを出なければならない。
 おれは、シャワーを止め、満足し切れていない体を拭いて、服を着ることにした。
 おれは、改めて、鏡に映った自分の姿を見る。
(この胸も随分大きくなったなあ)
 はじめてこの体になったときに比べると、身長が2センチ伸びた。あの頃は、中学生ぐらいにしか見えなかったが、今では、女子高生ぐらいには見てもらえる。まあ、それでも、この体の実際の年齢からしたら、相当低く見られているわけだが。唯一、胸だけは、実年齢と比べても、平均ぐらいにはなってきた。女子高生の中に入れば、大きい方だろう。男に抱かれて、いつも揉まれているせいだろうか。この間、ブラをCカップに替えたところだ。最初はほとんどふくらみなんてなかったが、最近は、胸が揺れる、という感覚を味わうことができるようになった。かつてのおれの秘書たちのような巨乳とまでは行かなくても、E、いや、せめてDまでは行って欲しい。
 おれは、手馴れた手つきでブラジャーをつけて、水色のワンピースを着た。社長になってからも、おれはスーツなど着ないで、かわいらしい洋服で通している。鏡の前で、ごく軽くメイクを施す。鏡に向かって、笑いかけて見せて、確認した。鏡の中には、今日も、かわいいおれがいた。
 おれは、身支度を整えると、「寝室」を出て、社長室へと戻っていった。


 あれから7年が経った。
 結局、おれは「小娘」の体でいることを選んだ。4度目の入れ替えは行なわれないまま、妻は男の子を産み、入れ替えを行なう力を失なった。おれは、一生この体で生きていくことになったわけだ。最終的には、おれが自分で決めたことだ。おれの人生で、最大の決断だった。「おれ」として生きていくことになった小娘も、特に文句は言わなかった。それどころか、「おれ」の体――男の体になったことを喜んでいた。
 それから7年間、元の体に未練がまったくなかったわけではない。だが、後悔したことは1度もなかった。美少女としての生活は、新鮮で、楽しかったし、心ときめくことも多かった。わずらわしい会社経営に頭を悩ませる必要もなく、甘いものを食べて、男に抱かれて、快楽を享受していればよかった。
 もちろん、それだけではなく、あの日、妻がおれに語った「お願い」を果たすために、おれなりに努力はしているのだが――。
 おれが「小娘」として生きていく決心をした後、おれは本当に女社長の「妹」になった。彼女の父親の養女となったのだ。当然、姓が変わり、この機会に名前も変えた。これによって、かつての「小娘」の存在は完全に消えた。苗字も名前も以前とは違ってしまったのだから、かつての小娘を知る人間がおれを見ても、他人の空似としか思わないだろう。それ以前に、同じ体を使っていても、おれと小娘では、雰囲気がまるで違うのだ。
 こうして、新しい「おれ」が生まれた。おれは、本当に「お嬢さま」になったわけだ。
 おれは、女社長が住む高層タワーマンションに引っ越すことになった。本格的に彼女の「妹」として暮らすことになったのだ。彼女のことは「お姉ちゃん」と呼ばされた。
 日本有数の資産家の一人娘として生まれた「お姉ちゃん」は、時に気まぐれで、癇癪を起こすこともあり、扱いづらい姉だったが、そうでないときは妹にどこまでも甘い「お姉ちゃん」だった。おれの頼みはたいてい何でも聞いてくれたし、おれのために、金を湯水のように使った。
 女社長は、名古屋の実家に戻ったり、出張や旅行で出かけることが多かったので、実際に一緒に暮らすのは、週のうち、2日ぐらいだった。その2日間は、マンションで「お姉ちゃん」と一緒にいることを求められたが、それ以外の日は、外泊しようが、家に男を連れ込もうが、自由だった。おれは、週に1度は「お姉ちゃん」のマンションで、イケメン秘書に抱かれた。もちろん、それ以外にも、外で彼に抱かれることも多かった。
 女社長と一緒に撮影した写真集は、発売されるとたちまち評判を呼んだ。あくまで彼女メインの写真集だったが、一緒に写っているおれも注目され、発売元には、問い合わせが殺到したそうだ。女子高生向けのファッション雑誌にモデルとして出てくれないかとか、ソロ写真集を撮らないかとか、そんな話が山のように寄せられたらしい。自分が、そこまでの超美少女だと認められているいうことは嬉しいが、芸能活動なんて、わずらわしいだけで興味もないので全部断った。
「ええっ、もったいないよ。あなたのかわいさをもっと世間に広めないと」
 女社長はそんな風に言うが、おれにはまったくその気はない。
「そんな。恥ずかしいです」
 と言って、顔を赤らめたら、「かわいい」と言って、彼女に抱きしめられた。
 そんなわけで、女社長の3冊目の写真集に出る話も、勘弁してもらった。その代わり限定5冊のプライベート写真集を撮ることになった。こちらはおれのソロ写真集だ。プライベート写真集といっても、世間には出回らないというだけで、それ以外は通常の写真集と何ら違いがなかった。撮影のためにいろんな衣装を着せられて、様々なポーズを取らされるという恥ずかしい思いをしたことには変わりがない。むしろ、おれのソロ写真集ということで、衣装の数も前作よりもはるかに多くて、大変だった。
 写真集が出来上がると、そのうち3冊は女社長が持っていき、おれにも1冊渡してくれた。1回だけ開いてみたが、とびきりの美少女が、かわいらしい衣装に身を包んで、様々な表情でこちらを見ていた。あまりのかわいらしさに、この美少女を抱きしめてやりたくなるのだが、この美少女は、おれ自身なのだ。鏡の前に立つと、写真集と同じ美少女がおれの方を見ていた。おれは、自分で自分の体を抱きしめるしかなかった。
 おれは、自分の写真集を見て、今の自分が美少女であることと、この美少女の体でこれからの一生を生きていかなくてはならないのだということを、改めて実感した。
 結局、おれは、自分のかわいらしい姿が満載の写真集を、恥ずかしくて最後まで見られなかった。
 5冊のうち、残りの1冊は、妻の手に渡った。途中まで見た限りでは、ものすごくかわいらしく撮れていて、ものすごく恥ずかしい写真集なので、いつか妻の手からも取り返したいと思っている。
 年が明け、春になると、おれは、女子高生として都内の名門女子高に通うようになった。この国でも有数の伝統あるお嬢さま学校だ。女社長は、以前から計画を進めていたとおり、おれに似合うブレザーの制服を作って、この名門女子高の新しい制服にしてしまった。結局、その女子高を買収したらしい。間にダミー会社を挟んでの買収だったので、女社長の名前は一切出なかったが、すべての決定権を裏で握っているのは、彼女のようだった。「妹」のおれが春から通う高校なので、「経営者の妹」などという目で特別視されないように、気を遣ってくれたのだろう。
 このブレザーの新制服は話題を呼び、あっという間に、日本中の女の子たちの憧れの的となった。といっても、東京の超名門女子高だから、制服が気に入ったからといって、誰でも入れるわけではない。何しろ、学費が高額なのだ。制服だけでも、一式揃えると、何十万という額になるから、庶民にはとても手が出ない。裕福な家庭の生徒でも、リースを利用することが多かったようだ。このあたりは、制服を高額にしてブランド力をつけることと、リースにすることによって、卒業後に制服を回収し、世間に出回らないようにして、現役生たちの制服の価値を上げるという戦略でもあったようだ。
 実際、おれの同級生の1人が、遊ぶ金欲しさに自分の制服を売ったということがあったのだが、彼女は問答無用で退学処分になってしまった。
 制服のブランド力が高まると、女社長は、全国の経営難の女子高を次々に買収して、系列校とした。そこで、東京の本校の制服の廉価版というような制服を採用したら、その年から入学希望者が殺到し、レベルが進学校並みに上がった。こちらは、学費も制服も、他の学校よりは高額だが、庶民でも充分手が届く範囲の価格設定。制服のデザインも、本校に似てかわいいが、本物よりはやや落ちる、というもの。地元では憧れの的だが、上には上がある、ということを生徒たちが知っているところがポイントだ。系列校で成績優秀だと、特待生として東京の本校に編入できるという制度を設けたから、入学後も向上心のある生徒は成績を伸ばしていった。女の子は、かわいい服を着たいものなのだ。特待生が編入してくる本校のレベルも上がり、以前は、単なるお嬢さま学校と見做されていたのが、最近では、女子高では都内有数の進学校になっているという。
「だって、あなたの出た学校が、お金さえ出せば誰でも行けるようなレベルの低いただのお嬢さま学校じゃ嫌でしょう」
 元々、おれが女社長の言うままに高校に通い直したのは、小娘の「都立高校家政科卒」という最終学歴を「名門女子高卒」に上書きするためでもあった。そういう意味では、この女子高のレベルが上がることは、おれに取っても悪い話ではない。
 元々、「おれに似合った制服を作って着せるため」という目的から出発した女子高の買収事業だったが、ちゃんと大きなビジネスとして成功させてしまっているところは、女社長の凄いところなのだろう。
 もうひとつ、おれが高校に通おうと思った大きな理由は、おれの送り迎えをしてくれる専属の運転手として、イケメン秘書をつけてくれたためだった。彼は、3年間、おれを朝夕送り迎えしてくれた。最初のうちは、黒塗りの高級車で運転手らしい制服を着て送り迎えをしていたのだが、そのうち、スポーツカーに乗って、ラフな服装でやってくることもあった。これでは運転手と言うよりも、恋人が迎えに来たみたいだ。この学校の校風からしたら、運転手としてあるまじき格好ということになるのだろうが、何しろ、経営権をすべて握る女社長の妹のすることだから、学校側も強くは言ってこなかった。
 ラフな格好で迎えに来られたようなときは、おれはイケメン秘書との放課後デートを楽しんだ。おれのために作られたかわいらしい制服を着て、彼のようなかっこいい男の人とデートをする。女子高生としては、こんな充実した時間はない。そんなとき、おれは女子高生になってよかった、と心の底から思った。
「高校なんて、この間まで通っていたんだから、慣れたものでしょう?」
 おれが入学するとき、女社長はそう言ったが、おれに取っては、高校に通うなんてのは20年ぶりのことだ。それなりに受験勉強もしておいたし、入学してからもそこそこ勉強したので、授業は問題なかったが、学校生活は、大変だった。
 おれは、学校では、なるべくたくさんの友達を作ることに心を砕いた。もちろん、クラスメイトは、全員女の子だ。おれは、気恥ずかしさを感じながらも、女の子として、女の子の友達を作ることに腐心した。これは、1つには、女の子としての生活に早く慣れる、というか、馴染むためだ。これまで35年間も男として生きてきたのに、突然、女子高生にされてしまったのだ。余りにも戸惑うことが多かったので、それを1つ1つクリアしていかなければならなかった。おれは、この先ずっと女の子――女性として生かなくてはならないのだ。
 もう1つは、おれの――この体での新たな人脈を築いていくためだった。当然、この名門女子高に通うような子は、皆「良家のお嬢さま」だ。クラスメイトの中には、既に「良家のお坊ちゃま」との縁談が決まっている子もいる。そうでなくても、政治家一家の娘だったり、大会社の創業者一族の令嬢だったりというのに事欠かない。おれの将来のためにも、1人でも多くの「お嬢さま」と今のうちから仲良くしておくのは重要なことだった。
 そういうおれも、向こうから見ればこの国有数の資産家の娘。実際には、こちらから近づいていくよりも、向こうから寄ってくることの方が圧倒的に多かった。もちろん、大多数の生徒は、顔見知りになって、外で会えば挨拶を交わす程度の付き合いでしかない。それでも、人脈としては、将来有効だろう。この学校のOGたちは、政治家や大企業の経営者の妻に納まっていることが多く、夫人同士で影の学閥を形成していたりする。
 実際の学校生活では、そんな上辺だけの付き合いばかりをしていても仕方がないので、気が合った限られた娘たちとは本当に仲良くしていた。休み時間はもちろん、放課後も一緒に買い物に行ったり、休みの日も遊びに出掛けたりした。夏休みには、毎年、海外へ旅行に出掛けたものだ。
 おれが属する仲良しグループは、学年が進み、クラスが変わったりするのに伴って、メンバーも変わっていったのだか、その中では、おれはいつも「妹」的存在として扱われていた。
「なんで、みんなあたしのことだけ子供扱いするの?」
 おれは一度そう言って抗議したことがあった。
「だって、見るからに年下って感じだし」
「胸だって一番ちっちゃいし」
「背もちっちゃくてかわいいし」
「もう、食べちゃいたいくらい」
 胸の話は、余計だ。
 以前、秘書たちにもこんな扱いを受けたことがあったが、あのときは、向こうがおれの体に比べて随分年上だった。だが、今回は、肉体年齢、というか、戸籍上の年齢では、おれは彼女たちよりも4つも年上だし、実際の中身は、おれの娘と言ってもいいぐらいの年齢差があるのだが、おれの見た目が中学生ぐらいにしか見えないため、どうしてもそうなってしまうようだ。
 おれが既に1度高校を卒業していて、1年置いて、再び高校に入り直したということは、隠していたわけではないが、こちらから明かしたりもしなかったので、みんな、おれのことを同い年の女の子だと思っているようだった。彼女たちにしてみたら、おれの本当の年齢が年下ということはあっても、4つも上だなんて、思いもしなかっただろう。
「見た目だけでなく、性格も子供っぽいよね」
「ほんとお子さまだよね」
「甘いもの見ると、とろけちゃうし」
「男の人とかいると、恥ずかしがってすぐ赤くなるのも、かわいい」
 娘のような年齢の女の子たちに、完全に子ども扱いされていた。
 実際のところ、この小娘の体は、実年齢に比べて、3歳か4歳分ぐらい成長が遅れているようなのだ。それで、高校を卒業したというのに、まだ中学生のような見てくれなのだろう。それに加えて、おれの体はある理由のため、妻の呪によって、3年に1歳分ぐらいしか年を取らないようになっている。だから、女子高を卒業したのは22歳のときなのだが、体はまだ中学3年か、せいぜい高校1年ぐらいのままだったので、卒業アルバムを見ても、とても同級生とは思えないような姿で写っている。
 クラスメイトから妹扱いされたのは、容姿が幼く見えるという理由だけでなく、結局のところ、おれがかわいいから、というのも大きかったのだと思う。さすがにお嬢さま学校というだけあって、かわいい子も多かったのだが、おれはずっと、自分がクラス1の美少女だと思っていた。
 そもそも、この学校の制服からして、おれのかわいらしさを一番引き出すように作られているのだ。おれが誰よりもかわいく見えるのは当然だ。この女子高の学園祭の頃には、制服が新しくなったのを機に、裏企画としてミス新制服コンテストが行なわれたらしい。「らしい」というのは、この企画が正式なイベントではなく、有志による地下活動のような企画だったためだ。おれが在学中の3年間、3年連続して圧倒的な得票でおれがミス新制服に選ばれたという話だ。
 事実、この新しい制服が話題になったのは、名門の女子高が伝統の制服(それまでは、戦前から続くセーラー服タイプの制服だったようだ)を捨てて、有名デザイナーによるブレザータイプの制服に変更したということに加えて、新しい制服のモデルとして、おれが学校案内などのパンフレットに写っていたということも大きかったのだ。このパンフレットの写真は、ネットなどでも相当話題になり、またしてもおれのところに、芸能界デビューしないかという話がいくつも舞い込んだのだが、おれはそれも片っ端から断っていった。
 女子高に通った3年間を、おれは女子高生としてつつがなく過ごした。新しい友達もたくさんできて、高校生の女の子たちの中に、違和感なく溶け込むことができるようになった。女の子らしく、ちょっとお淑やかに振舞って、猫をかぶって見せることも覚えた。これから先、女の子として生きていくことにも、ちょっと自信が持てた。
 毎日、イケメン秘書に車で送り迎えしてもらうなんて、今考えても、夢のような生活だった。帰りは、クラスメイトと一緒に帰ることも多かったが、常におれがいる場所の近くに待機してくれていて、友達と別れると、すぐに迎えに来てくれた。もちろん、そのまま、2人でドライブに出掛けて、彼に抱かれることもたびたびだった。おれが「お嬢さま」になっても、彼はそれまでと同じように接してくれて、それが嬉しかった。もっとも、それは、おれがそうして欲しいと願っているからそうしてくれていたのだろうけど。
 相変わらず、彼は女社長の下僕であって、彼に与えられた命令は、おれという女の子を常に気持ちよくさせておくことなのだろうということは、わかっていた。そこに愛がないことはわかっていたけれど、別に構わなかった。おれは、女の子の体で彼に抱かれて、快楽だけを感じていれば、それでよかった。


 おれは、名門女子高を卒業した後、系列の短大に2年行って、その後、元の機械メーカーの社長に就任した。
 おれがいなかった6年の間に、会社はすっかり様変わりしていた。
 かつてのおれの会社は、「社長」となった小娘の力で急発展を遂げていた。小娘は、あらゆる業種のさまざまな会社に手を伸ばし、次々に傘下に入れていった。
 小娘のやり方は強引だったが、買収はことごとく成功した。影で、妻の働きがあったことも成功の大きな要因となっていた。妻は、妊娠によって呪の力が高まっているときに、かつて「お茶会」で知り合った政界や財界の大物たちを身重の身で訪ね、彼らとの関係を再構築していった。妻の呪の力が強かったときに会った者ほど、妻の影響を強く受けたようだ。中には、家来同然にしてしまったこともあったらしい。妻は、「お茶会」以来の知り合いだけでなく、新たに各界の大物たちとも会って、彼らにも影響力を行使できるようになっていった。こうして、新たな人脈を構築した妻は、今ではこの国でも有数の人脈を持つようになっていた。妻が彼らを動かすことによって、小娘に買収を仕掛けられた会社は、抵抗する気を失い、おとなしく傘下に納まることを選んだ。
 資金面では、女社長との関係が威力を発揮した。女社長や彼女の影響下にある銀行から潤沢な資金が提供され、その資金を使って次々に買収が行なわれた。小娘と女社長との関係は良好のようで、両者は別々の事業展開をしながらも、お互い背中を預けあうように大きくなっていった。
 女社長との関係ということで言えば、このおれも並々ならぬ貢献をしていた。おれが彼女の家の養女に入るとき、形式的には、一旦「おれ」と妻の養女になり、「おれ」と妻の「娘」を女社長が「妹」として貰い受けるという形にしたのだ。おれという少女の存在が、両家の縁を取り持ったわけだ。
 こうして、わずか5年そこそこの間に、日本最大の企業グループができあがった。小娘は、今年は、念願だったメガバンクを傘下に収め、財閥型の企業グループとしての威容が整った。
 最初の頃は、グループのいくつかの会社の社長を兼任していた小娘だったが、今ではそれをすべて辞して、グループの会長職に就いている。個々の会社の経営はそれぞれの会社に任されているが、グループとしての判断は、すべて小娘が行なっていた。グループをここまで巨大にしたのは、妻と女社長の力だが、グループを纏め上げ動かしているのは、小娘の力だ。企業を買収する際には、様々な手法で資金調達を行なってきたわけだが、そこでこしらえた借金も、小娘の指揮の下、買収した会社やそれに関連するグループ会社がたちどころに利益を上げて、あっという間に完済された。
 小娘には、元々、経営者としての才があったのだろう。部下の能力を見極めて使いこなすことに長けているし、決断が速くて的確だ。どれも、経営者としてのおれには足りなかったものだということを、ようやく認めることができるようになった。少なくとも、大きくなった会社を更に成長させる経営者としての資質は、おれなど足元にも及ばない。
 最近では、小娘の名は、日本を代表する経営者ということで、必ず名前が上がるし、海外の雑誌でも、世界を動かす経済人の1人として、たびたび取り上げられている。
 小娘は、グループの傘下の企業のトップに、かつての部下を据えることが多かった。かつてのおれの秘書たちも、今では、グループ内の重要な企業で社長を任されている。秘書室長に至っては、メガバンクの頭取だ。
 おれも、ほんの僅かな期間だったが、小娘の下で秘書をしていたことがある。そんなおれが、かつて社長をしていた機械メーカーの社長に就任したのは、そういった一連の流れとは事情が違うようだ。
 今となっては、おれの会社の出発点ともいえるこの機械メーカーは、グループ内の重要度という意味では、決して高くない。金融から製造、流通まで、さまざまな業種の大企業を傘下に置くグループにあっては、業界内で最大手になったとはいえ、単なる機械メーカーなど、知れた存在だ。実際、この機械メーカーが生み出している利益も、グループ全体から見たら、微々たる物だ。
 だが、グループの源流とも言うべき会社ということで、グループ内での位置づけという点では、同程度の規模の会社よりも、はるかに格上とみなされていた。そんな会社の社長というと、名誉職の色合いが強い。小娘としては、女社長の「妹」であるこのおれを、そういう象徴的な位置づけの会社の社長に据えることで、女社長とのつながりを内外にアピールすることの方が目的のようだ。
 そういうわけで、再び社長の椅子に座ったおれだが、実際の経営は、副社長以下の役員たちがやってくれている。7年前までと同じ会社の同じ社長という地位にいるおれだが、やっていることは、まるで違ってしまった。
 あの頃は、秘書室からこっち、社長室とその奥の「居間」「寝室」がこの会社の中枢だった。この中で、すべてのことが決定され、それに沿って、秘書たちが動き回り、会社が前へと進んでいった。
 今では、秘書室よりも奥のエリアは、会社とは別物の空間といった趣だ。今のおれの仕事は、書類に判を押すぐらい。といっても、社長決裁の書類なんてそうはないから、大した量ではない。社内会議にもほとんど出ないし、社外の人間と会うこともない。はっきり言ってしまえば、週に2日も出れば事足りるような仕事の内容だ。実際、今日だって、おれは3日振りの出社だった。
 おれは、社長室の大きな机に座って、溜まった書類の決裁を行なった。本来ならば、一通り目を通して、中身をよく吟味した上で社長印を押すべきなのだが、おれは、中を見ることもなく、次から次へと機械的に判を押していった。いつもだったら、一通り読むぐらいのことはするのだが、今日は珍しく次の予定が入っているので、時間がない。副社長以下の役員たちは、おれが何もしなくてもいいようにということで、小娘がつけてくれた人間なので、仕事を任せきりにしておいても、間違いないだろう。
 社長印を押すという単純作業に没頭してたら、おれのピンクの携帯が鳴った。発信元を確認して、ちょっとげんなりした気分になるが、仕方がなく、おれは通話ボタンを押した。
「あんた、こないだの書類、いつまで待たせんねん? これ以上遅れたら、ほんま、どうなっても知らんよ!」
 いきなり怒鳴られた。京大娘の声だ。
「は、はい。すいません。ええっと……」
「もう、待ってられへんから、今から取りにいくよ。どこにおんの?」
「会社ですけど、今日はちょっと塞がってるので――。明日なら……」
「あしたぁ? あんた、弁護士舐めとったら、どないなるか、教えたろか?」
 すごく怖い。まるでヤクザに脅されているようだ。
 京大娘は、あの後、司法試験に合格し、現在は都内の大手法律事務所で若手弁護士として働いている。将来は独立して自分の事務所を構えるのだと言っているが、それに向けて、まだまだ修行中の身だ。
 彼女が働いている法律事務所は、小娘のグループの中でも、いくつかの企業が顧問弁護士として使っているところでもある。実際、グループ企業の仕事に関わることもあるらしい。
 そんな大手法律事務所の中で、京大娘は将来有望な弁護士と言われているようだ。おれは、昔の誼で京大娘に個人的に顧問弁護士になってもらっている。
 駆け出し弁護士の彼女に取っては、おれみたいな一部上場企業の社長の顧問弁護士になるなど、ありえないような幸運の筈なのだが、そんな幸運をもたらしたクライアントにおれに対しては、昔のままの口調で、喋ってくる。今日も、最近購入した土地が近隣とのトラブルになっているということで、こちらの境界を明確にするための書類に署名捺印して送ることになっているのだが、それが遅れているということで、この言われようだ。まあ、これまでとは打って変わって、下手に出られても困るので、これはこれでいいのだけれど、もうちょっと言い方があると思うのだが。
「あんな。ウチの事務所は、めっちゃ人使い荒いんよ。特に、あたしみたいな若手には、これもせい、あれもせいって、無茶言いよんねん。そんな激務の暇を見つけて、あんたの顧問弁護士をやってんやから、しっかりしてもらわんと困るがな」
「でも、あまり揉めたくはないので、こちらが引いてもいいかと……」
「せやから、それは絶対あかん、ゆうてるやん。あんたは何も悪ないんよ。向こうが一方的に言いがかりつけてんの。社会正義のためにも、そんなこと許したら、あかん」
 京大娘はそう言うが、要は、こちらが有利な案件なのに、こちら側が譲歩して決着するというのは、駆け出しの弁護士としては、絶対にできないということのようだった。おれの顧問弁護士としての仕事は、彼女と直接契約を結んでいるとはいえ、彼女の所属する弁護士事務所にも話は通してあるので、この程度の案件で負けているようでは、彼女の弁護士としての能力に疑問符を付けられるのだろう。
 ということで、おれが京大娘が作って寄越してきた書類に署名・捺印をすればいいわけなのだが、これが半端じゃない量だったので、うっちゃっておいたのだ。
「しゃあない。ほなら、明日、あんたの家まで行って、一通り説明したげるから、理解した上で、サインしてな」
「あれ、全部説明する気ですか?」
 そんなの、何時間かかるかわからないぞ。
「いいですよ。ちゃんと書類は作ってくれたんでしょ。全部、サインしますから」
「それはあかん、ゆうてるやろ。あんたの顧問弁護士として言わせてもらうけど、あんたが署名・捺印するもんは、全部あんたが目ぇ通して、納得した上でせな、あかん。気ぃ抜いてると、変な書類紛れ込まされて、何されるか、わからへんよ」
「でも、今回のは、その顧問弁護士さんが作ってくれたわけでしょ。信用してますから、いいですって」
「その弁護士が一番危ないんやないか。弁護士なんて絶対に信用したら、あかんよ」
 弁護士にそんなことを言われてもなぁ、と思うが、彼女が融通が効かないというのは、昔からのことだ。結局、明日は午前中から彼女がおれのマンションにやってきて、膨大な書類を延々説明してくれるということになった。
 あーあ。明日は、ショッピングに行くつもりだったのに。こうなったら、明日は書類を片付けたら、何時になっても、彼女をショッピングに付き合わせてやる。仕事があるからとか言うに決まっているが、おれの顧問弁護士として、おれの買い物に付き合ってもらうことにしよう。おれは、頭の中で、明日の予定を立て直しながら、そう心に誓った。
 京大娘との話が終わると、再び、未決箱に溜まった書類に社長印を押していく。さっき、彼女にあんなことを言われたので、この書類には一応、目を通したほうがいいのではないかと思ったが、現実問題としては、そんな暇はない。おれは、機械的に社長印を押していくことにした。
「失礼します」
 書類を片付けてしまったところに、秘書室長が入ってきた。彼は、社長席の前までやってきて、おれの未決書類がなくなっているのを見ると、こう言った。
「あれ。もう終わったの?」
 砕けた口調だ。秘書が社長に対する言葉遣いではない。
「はい。今日は、これから出掛けないといけないんでしょ。帰ってからやるのも面倒なので、終わらせちゃいました」
「ちゃんと、中身を読まなかったな」
「だって、問題あるような書類だったら事前に教えてくれるんでしょ。駄目でした?」
 おれは、社長席から、上目遣いに机の向こうに立っている彼の顔を見た。おれが見ると、彼は照れ笑いを浮かべてこう言った。
「いや、駄目なんてことはないんだけどね」
 彼とは長い付き合いだ。おれがこんな風に上目遣いでかわいらしい口調でお願いすれば、大抵のことは許してくれることはわかっている。
 今の秘書室長は、かつて女社長のところにいたイケメン秘書だ。彼は、おれが女子高に通っていた3年間、おれの学校への送り迎えをしてくれたのだが、卒業後は一旦、女社長の会社に戻っていた。それが、おれがこの会社の社長に就任するに当たって、おれの秘書として女社長がつけてくれたのだ。
 こう言ってしまうと、「妹思いの姉の好意」に聞こえてしまうが、実際のところは、スパイのようなものだ。今のところ、小娘の企業グループと女社長は、友好的な関係を保っているが、隙あらば、相手を自分たちの側に取り込んでしまおうと考えている。女社長の側からすると、おれをグループ企業の一角に食い込ませて、情報を得ようという腹のようだ。もちろん、彼女にしてみたら、かわいい「妹」にそんなことをさせるわけにもいかないので、実際に動くのは、「秘書室長」という名目で送り込んだイケメン秘書ということになる。
 実際のところ、彼は、今でも女社長から給料を貰っているらしいし、女社長との関係も続いているようだ。だが、おれに取ってはそんなことはどうでもいい。週に2日ぐらいしか来ることのない会社だったが、そこに来ればいつでも彼に会えるのだから。もちろん、「社長」のおれが「秘書室長」の彼を呼び出せば、いつでもどこでも飛んできてくれる。彼がおれの秘書室長になってくれて、こんなに嬉しいことはなかった。
 現在、秘書室には、室長であるイケメン秘書以下、4人の秘書がいる。全員男性だ。
 社長のおれが週2日ぐらいしかやってこないような会社なので、秘書といったって、やることは大してない。一応、おれのスケジュールを管理して、おれが決裁すべき書類を揃えて、あとは、おれが気に入りそうなスイーツの情報を集めて、おれが会社に来たときにそれを出すというぐらいだろう。
 それ以外の仕事としては、おれを抱くこと。
 秘書が全員男なのは、そのためだ。そのために、4人もの男を秘書室というこの会社でも他とは隔絶された部屋で飼っている。もちろん、全員おれの好みのタイプ。
 人集めには、苦労した。イケメン秘書ともう1人は、女社長の会社から譲り受けた。ということで、このもう1人の秘書も女社長のスパイのようなものだ。あとは、社内の人間をつまみ食いしながら探して何とか1人確保。さっき、おれを抱いた新人は、グループ会社の面接にやってきた大学生たちの写真を貰って、いいなと思った男の子に、おれが直接声をかけて抱かれてみて、選んだのだ。彼らには、おれがグループ会社の社長だなんてことは伏せて近づいたので、採用となった彼は、社長室におれの姿を見つけたときは、水戸黄門の印籠を見た町娘のように驚いていた。彼に関しては、今はまだ経験不足だが、将来性はあるかも、と思っている。
 そんなわけで、おれを抱いて、おれを満足させることが主な仕事の秘書たちだが、今日みたいに社長室奥の「寝室」で抱かれることは滅多にない。一応、社内でのおれの評判ということも気にかけないといけないのだ。
 おれは、一時的にせよ、会長(小娘のことだ)の養女だったことがあるので、おれのことを悪く言えるような人間は、この会社――いや、このグループ内には1人もいない。グループでは、小娘が絶対的権力を握っており、誰1人として小娘には逆らえない。いまや、小娘の力は、かつておれがこの会社の専制君主だった頃と比べても、桁違いに大きなものになっている。あの頃とは会社の規模も動いている金や人も桁違いだからだ。グループ内どころか、財界全体に対しても、大きな発言力を持っているし、ちょっとした会社など、小娘のひと睨みで簡単に潰れてしまう。そんな怪物のような存在に対して、異を唱えるなどできる筈がない。おれは、このグループ内では、絶対権力を持つ皇帝のお姫さまという扱いを受けていた。
 そうは言っても、人の口に戸は立てられないというのがこの世の中だ。かつて、おれが愛人たちを秘書として囲っていたときには、色好みの社長、ということで済んでいた。だが、今度の場合は少しばかり違う。同じことをやっているだけなのだが、男と女の場合では、世間からの受け止め方が違ってくる。男だと「色好み」ぐらいで済むことが、女の場合は「淫乱」ということになってしまう。社内で、「あのお姫さまは、どうも淫乱らしい」などという噂になっては困る。社内外で「淫乱姫」などという噂を立てられては、おれの経歴に傷を残すことになるし、おれの将来にも影響を及ぼしかねない。
 だから、秘書たちとはなるべく社内では控えるようにしている。秘書のマンション――これも、会社を通さず、おれがポケットマネーで買ってやっている――に行ってやるか、秘書がおれのところに来るかどちらかにしている。まあ、おれは週2回程度の出社しかしない身なので、暇はいくらでもある。昼間でも体が疼いてきたら、秘書の誰かを呼び出せばいいし、実際、いつもそうやって抱かれている。
 役員の何人かは、おれの淫乱ぶりを知っているかもしれないが、多分それは、トップシークレットということになっている筈だ。大半の社員は、おれのことはイケメン好きのお嬢さま社長、という程度の認識だろう。
 7年前まで、おれは男の体の中にいた。おれ好みの女たちを秘書という名の愛人として侍らせ、いつでも好きなときに彼女たちを抱いていた。だが、当時のおれは、1日に1人を相手にするのがやっと。35歳だったおれの肉体は、それ以上のことをおれに許してはくれなかったのだ。
(今のおれに、25歳の肉体があったら)
 当時は、よくそう思ったものだ。あの頃だって、おれはかなりの金と地位を得ていた。それに加えて、一日中セックスに溺れることができる若い体があれば、他には何もいらない。本気でそう思っていた。
 あれから7年たって、今、おれはその夢が実現している。
 今のおれは、25歳の若い体になっている。機械メーカーの社長という肩書きはあの頃と同じだが、実際には、今のおれは、この国最大の企業グループの会長の「娘」で、この国有数の資産家の「妹」だ。この国でも、おれ以上のセレブな女性はほとんど存在しないだろう。今のおれ自身の持っている資産も、あの頃と比べて何倍にもなっている。しかも、この若い体で、1日中秘書たちとのセックスに溺れることができるようになったのだ。
 あの頃とは性別が変わってしまったが、そんなことは問題ではない。むしろ、今の女の子の体の方が、ずっと気持ちいい。いずれにしても、おれは、7年前に心の底で願っていたものを手に入れたのだ。
 唯一不満があるとすれば、おれに最も大きなセックスの快感をもたらしてくれる相手――小娘とのセックスが限られているということだ。
 何しろ、小娘は、今やこの国最大の企業グループの総帥で、世界でも指折りの経済人なのだ。おれと会う暇もなかなか作り出せない。これから会いに行くのだって、3ヶ月ぶりだ。今日は、久し振りに小娘に抱いてもらえるということで、朝から浮かれた気分になっていた。おれは、3ヶ月前に小娘に抱かれたことを思い出して、体を熱くさせていた。
「あ、お迎えが到着したみたいだよ」
 イケメン秘書の携帯に連絡が入った。会長――小娘からの迎えが来たらしい。
「では、社長、行ってらっしゃいませ」
 秘書室に戻ると、イケメン秘書はさっきまでの砕けた口調から一転して、恭しくおれに礼をした。
 おれは、迎えの者に連れられていく。こちらからは、別の秘書がついていくことになった。
 おれたちはビルの屋上に出た。ヘリポートにはヘリコプターが止まっている。これで移動するらしい。小娘に会うときに、移動手段がヘリになるのは、珍しいことではない。
 おれは、秘書と一緒にヘリに乗り込み、小娘に会うために会社のビルを飛び立った。


 連れて行かれたのは、自動車会社のテストコースだった。日本を代表する大企業で、世界的な自動車メーカーだったが、この会社も、今では小娘の傘下の企業だ。
「よく来てくれた」
 ヘリコプターを降りると、「おれ」の姿をした小娘が現れた。「おれ」の体は、今年42歳になる筈だが、7年前――おれがこの体だった頃と比べても、ほとんど変わっていない。むしろ、顔の表情などは、覇気に満ちていて、却って若々しく感じられるようだった。
 小娘は、レーシングスーツに身を包んでいた。小娘は、かなりのスピード狂で、この自動車会社を手に入れる前から、サーキットを借り切って、市販車を改造した車を走らせるのが趣味だった。そう言えば、小娘がまだ元の体で屋敷に勤めていたときに、軽自動車で妻と一緒に出かける際、「結構飛ばすから怖い」と妻が言っていたのを思い出した。前の体のときから、車を飛ばすことが好きだったのだろう。小娘も、今では、自分の自動車会社を持っている身だ。自分仕様のレーシングカーを作らせて、時折会社のテストコースで走らせているというが、今日がその日だったようだ。
「お久し振りです」
 おれはそう言って、レーシングスーツ姿の小娘のぺこりと頭を下げた。周りには、小娘の側近やボディーガードたちが大勢いる。そんな中では、昔のように、ぞんざいな口の聞き方をするわけにはいかない。おれは一応、小娘の「娘」ということになっているのだ。
「なかなかかわいいじゃないか」
 小娘は、水色のワンピース姿のおれを舐めるように見て、そう言った。おれは、「ありがとうございます」と軽くお辞儀をする。
「早速だが、向こうで着替えてきてくれ」
 小娘はそう言うと、エンジニアたちと立ったまま何やら打ち合わせを始めた。
 どうやら、今日も、あれをやらないといけないのか。そんな暇があったら、その分、抱いてくれたらいいのに。
 おれがそう思って、心の中でため息をついていると、おれの背後でおれを呼ぶ声がした。
「こちらへどうぞ」
 おれは、20代半ばぐらいの若い女にヘリの着陸点から程近いところにある小さなコテージに案内された。この女が小娘の秘書らしい。おれがいたときに秘書だった女たちは、今ではすべてグループ会社の社長になっているので、小娘のところにいる秘書は、ここ数年の間に小娘の好みで連れてこられた女ばかりだ。
 かつてのおれは豊満な美女を好んだが、彼女を見ている限りでは、小娘はきれいというよりかわいい系の女が好みのようだ。胸も、おれの秘書たちのような巨乳と言うわけではなく、標準よりもちょっと大きめ。Dカップか、大きくてもEカップまでというところまでだろうか。スカートが短いのが好きなところは、おれと変わらないようだ。小娘は、他に3人ばかり秘書らしき若い女を連れていたが、彼女たちを見ても、小娘の好みはそんなところだろう。
 そうやって考えると、おれもそろそろ小娘のストライクゾーンに入りつつある、という気がする。はっきり言って、小娘の秘書たちよりもおれの方が断然かわいいし、胸がちょっと負けているぐらいだ。逆に言えば、胸がもう1サイズぐらい大きくなれば、完全に小娘の好みのタイプだろう。もしそうなったら、今までよりも、もっと頻繁におれのことを抱いてくれるだろうか?
 現在、小娘の秘書は10人いるそうだ。もちろん、全員が小娘の愛人だ。妻の呪によって、精力絶倫となっている小娘は、自分の好みの女たちを侍らせて、取っかえ引っかえ抱いているのだろう。当然、彼女たちにも、呪がかけられていて、決して妊娠しないようになっている。このあたりはおれの秘書たちのときと同じだ。違うのは、おれの秘書たちが仕事をさせても有能だったのに対して、小娘の秘書たちは、容姿と抱き心地だけて選ばれていて、仕事に関しては、まったく期待されていない、ということだった。
 そのため、小娘には、秘書たちとは別に、秘書的な仕事をするための側近が10人程ついている。こちらはすべて男性だ。ちょっとおれの好みの男もいたので、おれの秘書にくれないかと思ったこともあるが、彼らは、将来を嘱望された有能な人材で、このまま小娘の眼鏡に適えば、グループ会社の1つや2つ任せてもらえるようになる逸材なので、おれを抱くためだけにこちらに回してくれるとは思えない。それでも、チャンスがあったらどこかでつまみ食いしてやろうと思っているが。
「これをお召しください」
 秘書がそう言って、おれに着替えを渡してくる。
「これじゃないと駄目なの?」
 渡されたのは、小娘が着ていたのとお揃いのレーシングスーツ。自動車会社のロゴが大きく入っている。正直、あんまりかわいくない。
 どうせおれにレーシングスーツを着せるのなら、こんな出来合いのではなくて、おれに似合うかわいらしいのを作ってくれたらいいのに。どうも小娘は、このあたりのところがわかっていない。大体、自分専用のマシンを作らせる莫大な金に比べたら、おれに似合うかわいらしいレーシングスーツを作るぐらいタダみたいなものだろう。 
 他にはないということなので、仕方がなく、渡されたレーシングスーツを着る。おれの体にぴったりとフィットしたスーツは、ファスナーを上げると、おれのふくらんだ胸が潰されるように押さえつけられた。
「あん」
 胸を押さえつけられる感覚に、思わず声が出たが、幸い秘書の子は気付いていないみたいだった。
 着替えて外に出ると、車が用意されていた。市販車をレーシング仕様に改造したもののようだ。どうやら、おれはこれに乗せられるらしい。過去に2回ほど同じような車に乗せられて、酷い目にあったことがある。
 フルフェイスのヘルメットを渡されて、頭から被った。外界の音が遮断される。小娘の側近の1人が助手席のドアを開けてくれて、おれは渋々乗り込んだ。反対側のドアから、小娘が大きな体をシートに滑らせてくる。
「それじゃ、旦那さま。準備はいいですか?」
 ヘルメットのスピーカーを通して、小娘の声が聞こえてきた。
「おい、いいのか? そんな風に喋って?」
 今でもおれたちは、小娘と2人きり、あるいは、妻だけを交えた場所では、こうやって昔のように、話している。7年前に体は入れ替えたが、立場まで入れ替えたわけではない。今でもおれが「旦那さま」で、小娘は「侍女」なのだ。
「無線をどこかで聞かれているんじゃないのか?」
「管制室との間は切ってありますから、大丈夫ですよ。走り出すときになったら、回線を開きます。走り出したら、言葉には気を付けてくださいね」
 走り出してしまったら、会話どころではないことは、これまでの経験上わかっていた。
 小娘がエンジンを始動させ、アクセルをふかした。
 おれたちの乗った車を取り囲んでいたエンジニアたちが離れていく。
「それじゃ、行きますよ」
 車が猛スピードで発進した。
「きゃっ」
 車はどんどん加速していく。前に見えていた景色が、物凄い勢いで後方に消し飛んでいった。
 怖い。
 車は、そのままのスピードでコーナーに突っ込んでいく。強烈な横からの力を感じた。
「きゃーっ!」
 必死で踏ん張りながら悲鳴をあげる間に、車はコーナーを抜けて、ますます加速していった。
「だめーっ! やめて! きゃあああっ!」
 おれは、意味不明の言葉を叫び続ける。
「何を怖がってるんだ。たかだか200キロぐらいだぞ」
 小娘が何か言っているが、おれの耳には入ってこない。おれは、もう前なんて見ていられなくて、目を閉じたまま叫び続けている。
「や、やめてぇっ! 止めて。お願い。あたし、死んじゃうーっ!」
 おれがいくら叫んでも、車はどこまでもどこまでも走り続けた。
「ごめんなさい。あたしが悪かったの。何でも、何でも言うこときくから、止めて!」
 物凄いスピードと恐怖が永遠とも思えるぐらい長く続き、おれは声が涸れるまで泣き叫び続けた。
「だめ。やめて。たすけて!」
 叫び続けていたおれの体を誰かが揺さぶっている。気が付くと、おれのヘルメットが取られていた。目を開けると、目の前に「おれ」の――小娘の顔があった。
「はあ、はあ。――なに?」
「旦那さま、しっかりしてください。もう終わりましたよ」
 小娘が、おれだけに聞こえるような小さな声で言った。
「え?」
「ほら。車は止まってますから」
 確かに、さっきまで物凄い速さで流れていた景色が止まっている。おれの乗っている車の周りに、人だかりができていた。
「あ、あたし――」
「さあ、外に出してあげますから、そのまま女の子らしくしててくださいね」
 そう言って、小娘がおれのほっぺにキスしてきた。それでまた、おれの頭がぼーっとなってしまう。
 助手席のドアが開けられて、外から小娘に抱きかかえられた。おれの体も頭も熱を持っていて、おれはぼんやりとしたまま宙を漂っているようだった。
「大丈夫だ。心配ない。緊張が解けて、ぐったりしているだけだ。コテージで休ませれば、問題ない」
 小娘はそう言って、おれを抱えてコテージへと入る。おれは頭をぼんやりとさせたまま小娘の力強い腕で運ばれた。
 おれは、小娘によって寝室に運ばれ、ベッドの上に下ろされた。
「旦那さま、さあ、もう大丈夫ですよ」
 仰向けになったおれを見下ろしながら、小娘がそう言ってきた。小娘が珍しく、やさしい顔をおれに向けた。おれは、その顔を見たら、涙が溢れてきた。
「こ、怖かった」
「え? ああ、怖かったんですね」
「怖かったの、あたし」
「はいはい」
「ほんとに怖かったんだから!」
 おれは、それだけ言うと、声を上げて泣き出した。泣いても泣いても涙が止まらなかった。
「あーあ、旦那さま、泣いちゃった。ちょっと興奮すると、すぐ心の底まで女の子になっちゃうんだから。まあ、7年も女の子やってるんだから、仕方がないか」
「そこ、何言ってるの。あたしのこと、馬鹿にして」
 あたしが怖くて死にそうな思いをしたのに、笑っている小娘が許せなくて、おれはそう言った。
「はいはい。ごめんなさい」
「口で謝ったりしてもだめなんだから」
「どうすれば、いいんですか?」
「キスしたら、許してあげる」
「やれやれ」
 小娘は、そう言いながらも、おれを抱き寄せて、強烈なキスをおれにくれた。
 凄い。キスだけでイッでしまった。
「ふぁああん」
「もう、旦那さまったら、そんなとろけちゃって。それじゃ、キスしたから、あたしは帰りますね」
「ふえ?」
「だから、あたしは帰るって言ってるんですよ。旦那さまもヘリで送ってあげますから」
「だ、だめ」
「何が駄目なんですか?」
「行かないで」
 今、行かれたら、昂ぶったままの体をどうしていいか、わからない。
「そんなこと言ったって――」
「抱いて!」
 おれは、大声で小娘に懇願した。
「あたしを抱いて。お願い」
「はあ。ほんとにエッチな女の子になっちゃったんですね、旦那さまは。しょうがない。1回だけですよ」
 そう言って、小娘は、おれのレーシングスーツの前のファスナーを下ろした。おれの程よくふくらんだ双丘が、小娘の眼前にさらけ出された。
「あれ、旦那さま、ブラもつけてなかったんですか。下着もつけずにレーシングスーツだなんて、どんだけいやらしいんですか」
「だ、だって……」
 おれは、言い訳をしようとするが、声にならない。
「ひゃん」
 言葉を探しているうちに、胸を責められた。軽いタッチで撫でられただけなのに、それが絶妙で、これだけで、イキそうになる。
「やっぱり、下も穿いてないんだ。――あーあ、こんなに濡らしちゃって、うちのスーツがびしょびしょですよ。助手席で悲鳴あげてたときから、感じてたってことですか」
「だって――ひゃうんっ!」
 下を軽くつねられただけで、物凄い快感が駆け抜けた。
「まったく、旦那さまは、こんなかわいい顔して、底なしの淫乱娘なんですから。さあ、これで満足ですか?」
 小娘の指先がおれの体のいたるところを這い回り、まるで魔法のようにおれを快感の虜にしていく。それは、はじめて経験するものだったら、充分な満足といえるような快感だったが、おれは、まだまだこの先にあるものを知っている。
「だめ。そんなんじゃ、まだ、だめなの」
「気持ちよくないんですか?」
「気持ちいいです。気持ちいいけど、もっと、もっと欲しいの」
「旦那さま、まだ欲しいものがあるんだ」
「あの――。あれ、あれをあたしに」
「あれじゃわからないですよ」
「だって――。はずかしい」
「何恥ずかしがってるんですか。ちゃんと言わないとわからないですよ」
「ええっと、会長の――あれを」
 だめだ。やっぱり、あたし、はずかしくて、言えない。
「会長のを、あたしにください。いじわるしないで」
 おれは、懇願するような目で、おれにのしかかっている小娘を見つめた。
「ああっ。旦那さま、なんてかわいいの。そんな目で見られたら、我慢できないですよ」
 そう言うと、小娘が腰を落として、おれの中に入ってきた。
「ああんっ!」
「どうです? 旦那さま、これが欲しかったんでしょ?」
「あんっ。はん。――そう。これ。はうんっ。これがいいの」
「気持ちいいですか?」
「気持ちいいの。ひゃうん。はあん。――もっと。もっとお願いっ」
「旦那さま、女の子の体になってみてどうですか?」
「女の子? ――あたし、女の子だよ。はうん」
「そうでしたね。旦那さまは、ずっと前から女の子でしたね。かわいい女の子」
「かわいい? あたし、かわいい?」
「かわいいですよ。かわいくって、感じやすくって、とっても淫乱な女の子」
「あんっ。らめえ。そんなとこ――」
「女の子って、どんな感じなんですか?」
「すごいの。すっごい気持ちいいの」
「そうなんだ。旦那さま、女の子でよかったですね」
「うん。ひゃん。あたし。はう。女の子で。あはん。よかった」
「もう、完全に女の子なんだ。だったら、これで最後。天国でもどこでも行ってください」
 小娘のものが、ひときわ力強く、おれを貫いた。
 おれは、快感の悲鳴をあげて、そのまま失神した。


 おれは、意識を取り戻すと、シャワーを浴びた。
 汗を流しながら、火照った体に残った快感の余韻に浸ると同時に、少しばかり嫌悪感が頭をもたげてくる。
 小娘に抱かれるときは、いつもこんな感じだ。なんだかんだとじらされて、こちらからキスをねだり、愛撫をねだり、最後にアレをねだることになる。完全に小娘に主導権を取られて、遊ばれている感じなのだが、でも、小娘に抱かれる気持ちよさを知っているおれの体は、小娘の前では奴隷のようになってしまう。
 おれは、はあ、とため息をついて、寝室へ戻ってきた。
 いつの間にか、おれがべとべとに濡らしたレーシングスーツは片付けられている。おれが抱かれたベッドも、おれがシャワーを浴びているうちにシーツが取り替えられていた。そればかりか、おれが着てきたワンピースや下着もどこかに消えていた。かわりに置いてあったのは、水着。しかも、水色のビキニだ。他には何もない。仕方なく、おれはビキニ姿で小娘とベッド脇のテーブルを挟んで向かい合っているところだった。
「何で、ビキニなんだ?」
 おれは、いつの間にかテーブルに置かれていたチーズケーキを食べながら、小娘に問いただした。小娘は、珈琲をうまそうに飲んでいる。
「だって、旦那さま、最近はCカップになったって、自慢して歩いてるそうじゃないですか。旦那さまの自慢の胸の谷間を鑑賞してあげようと思って用意したんですよ」
「自慢して歩いてなんかいない」
 以前、Bカップのブラがきつくなったので、買い替えるという話を女社長に一度しただけだ。
「確かに、おっぱい、大きくなりましたよね。あたしのときには、全然ふくらみなんてなかったのに今ではちゃんと谷間もできるんですから。ここまでにするのに、何回男に抱かれたんですか?」
 小娘は、そう言って、おれの胸の谷間をじっと見つめた。おれは、恥ずかしくなって、胸の前で腕を交差させる。
「そうやって恥ずかしがる仕草も、すっかり女の子ですよね」
「そんな風に胸を見つめられたら、誰だって恥ずかしくなってこうするだろう」
「そこが女の子だって言ってるんですよ。男だったら、別に、胸を見られたって、何とも思いませんよ」
「う――」
「今日も、完全に女の子だったじゃないですか。自分のこと、あたしって言ってたし、最後の方なんて、自分が昔、男だったってこと、完全に忘れていたでしょう」
「そんなことない」
 と口では言ったが、確かに、今では男だったときの記憶は、遠い夢の彼方という感じがする。
「まあ、いいです。それで、今日の趣向、どうでした?」
「趣向? レース用の車に乗せられたのがか? あんな必要、ないだろう。お前と違って、おれは車が好きなわけでもないし、ましてやスピード狂じゃないんだ」
「ええっ。あんなに楽しいのに」
「どこが楽しいんだ。あんなスピード出して、減速もせずにコーナーに突っ込んでいきやがって」
「ちゃんと減速してますよ。旦那さまが気付かなかっただけで。むしろ、今日は安全運転だったかな、と」
「そうなのか? でも、――すごく、その――怖かったぞ」
 おれは、最後の一言は小声でぽつりと言った。
「ええっ、あのぐらいで、怖かったんですか?」
「だ、だって――だって、仕方ないだろう。こっちは、うら若き乙女なんだから」
 おれがそう言ったら、小娘は大声で笑い出した。
「だ、旦那さま、いつから乙女になっちゃったんですか。しかも、自分でうら若きだなんて。旦那さま、本当はもう42歳でしょ。その体だって、もう25歳なんだから、いくらなんでも、『うら若き乙女』は通用しませんって」
「うるさい。戸籍上は確かに25歳だが、実際の肉体年齢は、16、7歳なんだから。どう見ても、女子高生にしか見えないだろうが。肌のハリやツヤだって、10代なんだから、おれは、まだうら若き乙女なんだよ」
「はいはい。そういうことにしておいてあげます」
 小娘に遊ばれている感じだ。というか、成熟した極上の女を抱き慣れている今のあいつから見たら、おれの方こそ小娘にしか見えないだろう。
「大体、お前、そろそろおれのことをストライクゾーンだと思いはじめてるだろ」
 おれは、ちょっと悔しくなって、そう言ってみた。
「はあ? 何ですか、それ?」
「今日来ていたお前の秘書たち。あいつらに比べたら、おれのがかわいいって、思ってるんじゃないのか?」
「旦那さま、どんだけナルシストなんですか。まあ、確かに、旦那さまはかわいいですよ。元はあたしなんだし。昔は、芸能界からの誘いを断るのが大変だったことも知ってます。でも、旦那さまが自分で言ったとおり、まだ16、7の子供ですからね。いくらかわいくても、あたしのストライクゾーンにはまだ入ってきませんよ。せめて、あと3つは歳を取って、19歳か20歳にはならないと。あ、奥様の呪がかかっているから、そこまであと10年はかかるんでしたっけ。あと10年経ったら、あたしの秘書にして、毎日抱いてあげてもいいですよ。ただ、おっぱいをもうちょっと大きくしておいてくださいね。せめて、Dカップぐらいまでは。あたしの秘書は、Cカップ以下とGカップ以上はお断りなんですから」
 小娘と冗談を言い合っていたおれだが、小娘の「あと10年経ったら」という言葉に、おれは胸を少し詰まらせた。やはり、こいつは何も知らないらしい。
「最近は、屋敷には帰っているのか?」
「全然。月に1度も戻らないぐらいですかねえ。奥様を抱くときも、最近は外に出てきていただいて抱いてますから」
 小娘は、都内に超豪華マンションを買って、そこで暮らしているらしい。と言っても、その部屋に戻ることもあまりなくて、大半は秘書か、秘書以外の愛人のところに出かけているという話だ。
「だって、あたしがあの屋敷に行くのも変でしょ。奥様だけならともかく、坊ちゃんがいるんだから。坊ちゃんにあたしが父親面して会うというのも、何だか変だと思いませんか」
 坊ちゃんというのは、おれと妻の間にできた男の子だ。早いもので、今年でもう6歳になる。
「あの子のことはともかく、自分の子には会っているのか?」
「まあ、会っていますよ。会ったついでに次の子供を作りたいんですけど、なかなか思うように行かないんですよ。母親たちの多くは、今グループ内でも重要なポストに就いてますから、また産休ってわけにもいかないでしょ」
 妻は、おれとの間にできた男の子を産んでから、秘書たちにかけた呪を順次解除して、秘書たちに子供を産むことを許可した。無論、この場合の父親は、「おれ」の体をした小娘だ。
 妻がおれの息子を産んだ翌年から、おれのかつての秘書たちが次々に妊娠し、子供を産んでいった。秘書たちが妊娠していけば、精力絶倫の小娘の相手をする女が足りなくなる。そこで、小娘は次から次へと愛人を作っていった。
 その中から、妻の眼鏡に適った娘には、どんどん子供を産ませていった。妻の眼鏡に適う基準と言うのは、母親となる女が優秀であるか、その女の一族が大会社の経営者だったり、政治家だったりと、何らかの力を持っているような場合だった。極端な例では、ある大企業のトップが愛人に産ませた娘が小娘の愛人となって、子供を産んだということもある。
 こうして生まれた子供たちは、肉体的には、おれと妻の間にできた息子に取っては、腹違いの弟か妹ということになる。生まれたばかりの子供は「おれ」の子として認知されたが、その場で、兄であるおれの息子に従うよう、妻に呪をかけられた。「おれ」の子ではあっても、妻の子ではない彼らは、妻の一族――何百年に一度呪の力を持った者を輩出する一族とはみなされない。姓も、母方のものを名乗り、当主である妻やその子孫を援ける役割を担う。言ってみれば、家臣の家柄ということになるのだった。
 小娘に取っての最初の子は5歳になっている。かつての秘書室長。今はメガバンクの頭取が母親だ。それから次々に子供が生まれて、今では小娘は14人もの子供の父親で、わかっているだけで、3人の愛人が妊娠中らしい。
 何しろ小娘の体は、妻の呪によって精力絶倫になっており、種馬のようにいくらでも子供を作ることができるのだ。もちろん、江戸時代の将軍や大名のように、小娘が気に入った女を手当たり次第犯しているわけではなくて、妻が呪をかけて妊娠しなくなった女だけが小娘の愛人になることができる。その中で、妻が認めた女だけが再び呪を解除されて、小娘の子を産むことができるのだから、むやみやたらと子供ができるわけでもないのだが、最近では、1年に5人、6人というペースで生まれている。妻としては、自分が産んだ息子の家臣となる人間は、多ければ多いほどいいと考えているのだろう。
 小娘は、どうも自分が産ませた子供に愛着を持っていないようだ。あまりに子供が多いため、1人あたりに向ける愛情が分散してしまうのだろうかとも思ったが、考えてみたら、最初の子――秘書室長が産んだ女の子のときから、素っ気なかった。元々持ち合わせていた母性本能という奴を、おれと体を入れ替えたときに、今のおれのこの体の中に置き忘れてきたのかもしれなかった。
 ということで、小娘としては子供を作ることに特に執着はなく、妻が愛人たちの妊娠を呪の力によって管理することで、勝手にできていくという感じなのだが、愛人たちの方は、何が何でも小娘の子を産もうと思っている。このあたりは中国の後宮や江戸時代の大奥と同じだ。皇帝の子を産むかどうかで後の扱いが違ってくるのだ。
 いまや、小娘が持つ資産は、入れ替わる前のおれの資産と比べても何十倍という規模に膨れ上がっている。小娘の子を産めば、将来、その子が小娘の資産を受け継ぐ資格を得るのだ。もちろん、子供が今の時点で14人もいるので、均等割りすると、1人頭14分の1ということになってしまうが、それでも、かつてのおれの資産の数倍だから、天下を取るとまではいかないが、大名ぐらいにはなった感じだろう。今後は新たな子供がどんどん生まれてくるので、1人頭の取り分は細分化されていくのだろうが、小娘のグループはまだまだ大きくなって、資産も膨張し続けるだろうから、結果的に、1人頭の取り分は今よりも大きくなるかもしれない。もちろん、それだけでなく、その子が成長して、優秀であれば、グループ企業の1つや2つ任さられるようになるだろう。そんな夢のような将来を実現できるかどうかは、小娘の子を産めるかどうかにかかっているのだ。
 最近の小娘は、外国の雑誌で、世界の富豪番付に名を連ねるほどなのだが、実は、これは少し間違っている。これによると、小娘の資産は、かつておれが社長をしていた頃の数百倍にも上るとなっているのだが、実際には、その5分の1程度でしかない。その差額分は、実は、妻とその息子のものとなっているのだ。
 それはそうだろう。小娘に既に子供が14人もあり、これからもその数がどんどん増えていくというのであれば、小娘のところに資産を集中させてしまうと、妻とおれの間にできたこの家の後継者となるべき息子の受け継ぐ資産が、子供の数で均等割りされて少なくなってしまう。それを防ぐために、「会長」の名義の資産は全体の2割程度として、あとは妻か息子のものとしているというわけだ。
 とはいえ、小娘の資産が莫大だということには変わりはないし、今の小娘は財界のトップと言ってもいい地位にある。最近では、巨大流通グループの株を支配している一族や、代々閣僚級を輩出している政治家一家から、小娘の愛人として娘を差し出してきたらしい。これなどは、天下人に対して、大名たちがこぞって自分の娘を側室に差し出すようなものだ。差し出された娘たちにも、人身御供という悲壮感はない。小娘は、その筋では「一生に一度は抱かれてみたい男」などと言われているテクニシャンだ。むしろ、嬉々として愛人になりにくる娘もいるようだ。
 そうやって、小娘の愛人となった女たちは、例外なく、小娘の虜になってしまうという。それはおれにもよくわかる。セックスの上手ささいう点では、おれのイケメン秘書だって、かなりのものだと思うのだが、小娘のテクニックはまるでレベルが違うのだ。元々、女だったということで、女の体というものを知り尽くしているし、「おれ」の体となってからは、無尽蔵の精力に物を言わせて、とにかく場数を踏んでいる。感じるところを知り尽くされているおれなどは、軽く胸を撫でられただけでイッてしまいそうになるのだ。
「旦那さま、またドライブしましょうね」
 小娘がそんなことを言いながら、おれに体を寄せてくる。おれの体は、また小娘に抱いてもらえるのではないかという期待感から、小娘が近寄ってきただけでも熱くなってしまう。
「勘弁してくれ。本当に死にそうなぐらい怖いんだから」
「そんなこと言って。でも、本当は嫌じゃないんでしょ」
「え?」
「だって、嫌だったら、あたしの誘いを断っていた筈でしょ。体調悪いから、とか言えばよかったのに」
「……」
「なんだかんだ言って、興奮するってことでしょ。あたしの隣できゃーきゃー叫んだ後の方が、いつもより感じてるってこと、わかってますから」
 図星だった。小娘の運転するレーシングカーの助手席に乗せられて、猛スピードで走り回られるというのは、本当に死にそうなぐらい怖いのだが、それほどの恐怖体験をしたおれの体は、極度の興奮状態になっていて、普段小娘に抱かれるときよりも、はるかに感じてしまうのだ。正直、これ以上の快感と言うものをおれはまだ感じたことがない。小娘と会うときに、ヘリで迎えが来た場合は、必ずレーシングカーに乗せられるのだが、今日も、ヘリが来たと聞いた瞬間から、おれの体は熱くなり、股間を濡らしてしまっていた。
「そうだ。今度の休暇に、アメリカ行きませんか? あたし、向こうでサーキットを買ったんですよ。オーバルコースで300キロぐらい出せるとこです。そこ行きましょうよ。2泊3日ぐらいで、あたしと旦那さまとの2人きり。おもいきりかわいがってあげますから」
「300キロ――」
 今日のが時速200キロだといっていたが、300キロなんてスピードの車に乗せられたら、おれはどうなってしまうのだろう? 今日よりももっと体が興奮した状態で小娘に抱かれたりしたら……。
 おれは、想像しただけで、再び股間が湿ってくるのを感じた。
「あれ、旦那さま、どうしたんですか? また、顔が赤いですよ。あ、あたしと旅行に出て、毎日あたしに抱かれることを想像したんですね」
 そうか。こいつと2人きりだったら、毎日こいつがおれを抱いてくれるということだ。ああ、だめだ。想像しただけで、頭がおかしくなりそうだ。
「旦那さま、さっき、なんでビキニなんだって言ってましたよね。実は、もうひとつ理由があるんですよ」
「は、はあ?」
「だって、ビキニだったら、旦那さまを簡単に裸に剥いちゃえるじゃないですか」
 小娘の大きな手がおれの胸に伸びてきて、水色の薄い布の中に滑り込んだ。
「あんっ」
 小娘は、あっという間におれの胸から水色のビキニを剥ぎ取ってしまった。
「あたしの秘書になりたいんだったら、おっぱいは、もうちょっと大きくしてくださいね」
 そう言って小娘は、おれの胸を軽く撫でた。
「ひゃうん」
 たったこれだけのことで、イキそうになった。おれは、頭も体もすっかりとろけてしまっている。
「それじゃ、下も取っちゃいましょうか」
「ら、らめぇ」
 おれは、呂律の回らない口で抵抗したが、小娘はおれの下半身にも手を伸ばし、おれは、あっという間に裸にされてしまった。
「旦那さま、さっきシャワー浴びたばかりだって言うのに、もう濡れ濡れじゃないですか。どこまでエッチなんですか」
「ひゃ、ひゃめてぇ」
 おれは、弱々しく抵抗したが、小娘はお構いなしにおれを抱え上げて、ベッドへと連れて行く。
「さあ、今度はどこを責めてあげようかな」
「どこでもいいから、はやくぅ」
「ほんと、エッチなんだから。でも、好きですよ。旦那さまみたいなエッチな女の子」
「ひゃうん、はうん、はあん、はん、あん、あん」
 あとはいつものように小娘の物凄いテクニックに翻弄されて、おれは、快感と言う名の海に溺れるだけだった。

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》 - ジャンル : 小説・文学

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