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呪遣いの妻 09

 イケメン秘書がおれを迎えに来てくれたのは、午後5時を少し回った頃だった。
「お嬢さま、お迎えに上がりました」
 応接室にやってきた彼は、おれの前で恭しく礼をして、そう言った。彼がおれのことを「お嬢さま」と呼んだのは、女社長から、おれを「お嬢さま」として扱うように言われていたからだ。これも「ごっこ遊び」の1つ。そのぐらい、頭ではわかっているのだが、実際に、彼から「お嬢さま」と呼ばれると、どきんとしてしまう。
 既に、女社長は初老の秘書と共に帰ってしまっていた。秘書課長のおばさんや、ブティックから来ている若い女2人は、何やら後片付けをしている。おれがイケメン秘書と一緒に帰ろうとすると、ブティックの若い2人が大小さまざまな箱や紙袋をいくつも抱えてついてきた。
「何ですか、この箱は?」
 おれの問いに、イケメン秘書が答えた。
「お土産だそうです。うちの社長から。今日の写真の出来がかなり気に入っていたみたいですから、そのご褒美じゃないですか」
 どう見ても、大きな箱や紙袋の中身は洋服だろう。小さいのは、靴やアクセサリーだろうか?
 地下駐車場に停まっていたのは、赤いフェラーリではなく、国産の高級車だった。荷物があるので、この車にしたのかもしれない。お土産はトランクには収まりきらず、一部は後部座席に載せることになった。おれは、国産の高級車の助手席に乗り込む。
「どうでした、モデルのお仕事は?」
 車を走らせながら、彼がそう訊いてきた。おれは、国産の高級車を運転する彼の横顔を見る。今度は右ハンドルなので、同じ横顔でも、行きとは反対側だ。
「疲れました。まさか、こんなことをさせられるとは思ってもいませんでしたから。モデルをやらされるって、どうして教えてくれなかったんですか?」
「すみません。口止めされていたんですよ。だって、写真のモデルをやりに来てくださいって言ったら、断られたかもしれないでしょ」
 それはそうだ。あんなことをさせられるとわかっていたら、何が何でも断っていた。
「あたし、社長さんには『できません』って断ったんですよ。そしたら、敵対的買収をかけるって、脅されちゃいました」
 そう言うと、彼は困ったように笑った。
「社長らしいな。でも、あの人の場合、冗談じゃないですからね」
「そうなんですか?」
「ええ。欲しいものは、どんな手を使ってでも手に入れる人ですから。以前、社長がお気に入りの洋服のブランドがあって、そこで社長の洋服を作ってもらおうとしたことがあったんです。あくまで、そのブランドの商品としてね。ところが、そのブランドでは、特定の個人向けに服を作ることはやっていないと断ってきたんですよ。そしたら、社長は、そのブランドの親会社のアパレルメーカーごと買収しちゃったんですね。今では、そのブランドは、社長の個人ブランドみたいになっちゃいました」
「洋服のブランドを1つ潰しちゃったわけですか?」
「潰したわけじゃないですけどね。そのブランドは社長のための服を作ることが最優先になっただけで、社長のためにデザインした服も、一般向けに売っています。むしろ、以前よりも業績はいいぐらいです。まあ、うちの社長は、若い女の子の間では、ファッションリーダーみたいなところがありますから、ブランドに余計に箔がついたんでしょうね。こういう女性向けの洋服ブランドの話なんかは、ぼくよりもあなたのような若い女性の方が詳しいと思いますけど」
 そんなことはない。おれが若い女の子になったのは、ついこの間の話なので、今の話も、ブランドの名前もはじめて聞いた。きっと、そういう類のことは、小娘だって知らないだろう。小娘が使っていた使用人用の部屋には、ファッション雑誌1つ置いてなかった。
「社長は、ああ見えて、経営センスは抜群ですからね。こんな風にただのわがままで会社を買収してるみたいに見えますけど、実際のところは、買収する会社の評価をちゃんとして、利益が出せるかどうかを判断してるみたいです。うちに買収された会社というのは、必ず業績が伸びますから、やっぱり、社長の目が凄いんだと思います」
 彼女の実家は日本有数の資産家だが、特定の会社を経営しているわけではなく、様々な会社の株や、広大な土地を所有することで利益を生み出している投資家だ。そういう家に生まれた者としては、利益を生み出す企業というものに鼻が利くのかもしれない。そういう意味では、今、おれが彼女と同じ電機メーカーを取り合っているということは、おれの目が確かだということでもある。
「さて、これからどうしましょう?」
 信号で停まったときに、彼がこちらを向いて言った。その言葉に、おれの緊張感が高まった。
「社長からは、ホテルの部屋を取ったから、そこへあなたを連れて行けと言われているんですが、あなたの都合もありますよね」
「え、ええっと……」
 おれは、何か答えようとしたが、言葉が思いつかない。
「取りあえず、部屋と食事の予約をしてあるそうですから、ホテルに行きませんか? あ、ホテルといっても、ちゃんとしたホテルですからね」
 彼は、これから行こうとしているホテルの名前を言う。おれの会社がいつも使っているホテルよりも1ランク上のホテルだった。
「もちろん、あなたが嫌がることは、絶対にしません。あなたの意思を最優先することは、最初に言っておきます」
 迷った末に、彼と一緒にホテルに行くことにした。部屋だけではなく、食事の予約まで入れてくれたのに、断るのは申し訳ないと思ったからだ。食事の後のことは、そのとき考えよう。
 ホテルに着くと、ボーイに荷物を運んでもらって、部屋に入った。「お嬢さま」が取ってくれた部屋は、スイートだった。1泊何十万円とする部屋だろう。余程、おれのことを気に入ってくれたのに違いない。こんなに気に入ってくれたのなら、うちの会社の提案が拒否されたとき、手持ちの株を引き取ってくれないだろうか、などと思ってしまう。彼女は笑って、「それとこれとは別」と言いそうだが。
「夕食までしばらくありますから、お茶でも飲みましょう」
 そう言われて、紅茶とイチゴゼリーのクッキーをいただく。
 紅茶を飲みながら、おれは、目の前にいる金髪の若い男を改めて観察した。
 彼は、朝と同じラフなポロシャツ姿だった。髪を金色に染めているのは、少女マンガに出てくる王子様をイメージしているのだろう。よく見ると、かすかにメイクをしているのがわかる。線が細くて顔立ちは整っている。正直、こんなきれいな男ははじめて見た。その反面、「おれ」のような力強さは持ち合わせてはいなさそうだ。
 彼は、女性には常にやさしく接してくれると、あの女社長は言っていた。彼女は、こういう男が好みなのだろうか?
 どちらにしてもおれの周りには絶対にいないようなタイプの男だ。改めて、至近距離で見ると、作り物のように優美で美しい顔立ちが見て取れる。確かに、こういうあまり男くささを感じさせない容姿の男は、別の意味で安心感を覚える。
「何か?」
 彼の顔を見つめていたら、そう言われて、はっとなった。
「い、いえ。なんでもないです」
 おいおい。これじゃイケメンの男に見とれていた少女みたいじゃないか。きっと、秘書課長のおばさんから、おれがこのイケメン秘書に恋してる、という誤情報を吹き込まれている筈だから、こんなことでは、おれが本当に彼に気があると勘違いしかねない。
 変な話にならないように、仕事の話をする。お互いの会社についての話になった。彼の会社の秘書課は、女社長のスケジュール管理や身の回りの世話など、プライベートに関することが主な仕事なのだそうだ。会社の業務には一切係わらないらしい。
「そのあたりはうちと違いますね。うちの秘書たちはみんな優秀で、仕事をバリバリこなしますから」
 おれは、おれの秘書たちをちょっと誇らしげに思いながら、そう言った。
「へえ、そうなんですか。名ばかりの秘書ってわけじゃないんだ」
「ええ。何と言っても、あたしの――」
 そこまで言って、言葉を止めた。危うく「あたしの秘書」と言いそうになったからだ。最近は、自然に「あたし」という一人称が出てしまう。出かかった言葉を呑み込んで、改めて言い直す。
「何と言っても、社長の自慢の秘書たちですからね。うちの社長は、頭がよくて、仕事ができる女にしか興味ありませんから」
「なるほど。ということは、君も若そうだけど、優秀なんだ」
「あ、あたし? あたしは、まあ――そんな大したことないけど」
 急に、そんなことを訊かれて、戸惑ってしまった。そう言えば、今のおれ――小娘の姿をしたおれの、会社での立場というものは、曖昧なままだ。公式には社長秘書だが、なぜ、明らかに社長の好みの範囲から外れている小娘が秘書となっているのか、誰にも説明できないままだ。実際、このおれにだって、納得のいく説明ができるわけではない。
 おれは、今のおれの立場をこれ以上突っ込まれたくなくて、また、慌てて話題を変えることになった。この姿では、おれのことをあれこれ訊かれても答えようもないことが多いので、先手を打って、彼のことをあれこれ尋ねる。住んでいる家のこと、この仕事に就いた経緯、趣味や休日の過ごし方。お互いを知らない者同士で繰り広げられるお決まりの会話だ。
その会話でわかったことは、彼は現在25歳。元々は、食品会社で経理の仕事をやっていたところ、その会社が女社長に買収された。そこで、彼女の目に止まり、秘書として引き抜かれたのだそうだ。
「ひょっとして、あなたを引き抜くために会社を買収したんですか?」
 そう尋ねると、彼は困ったようにはにかんだ。
「まさか、そんなことはないですよ。ぼくのいた食品会社で作っていたお菓子が社長のお気に入りだったからです。この会社も、買収後の業績は好調ですよ。社長のアイディアを元にヒット商品がいくつもできましたし、今でも、こんな商品を作って欲しいと、社長から要望を出しています」
 彼は、休日も女社長につきあわされることが多いので、なかなか休日に予定を入れられないのが悩みの種だという。
 そんな話をする中で、当然のようにこんな質問をした。
「恋人とか、いるんですか?」
 おれの問いに、彼はちょっと目伏せて、笑いながら言った。
「いませんよ。フリーです」
「それって、やっぱり――こういう仕事だから?」
 普通に考えて、こんなにいい男なんだから、寄ってくる女はいくらでもいる筈だ。なのに、彼が言うとおり、本当にフリーだとしたら、それは、彼が女社長の愛人という「特殊な仕事」をしているためだろう。
 当たり前だが、おれの秘書たちも、おれの他に付き合っている男はいない。面と向かって、他の男と付き合うな、と言ったことはないが、当然のことだろう。
「うちの社長は、別にそういうのは気にしませんよ。付き合っている女の子がいる秘書は何人もいますし、中には、結婚している人もいます」
 イケメン秘書は、意外にもそんな答えを返してきた。
「もちろん、奥さんや付き合っている女性にしてみたら、自分の旦那や恋人が、会社の社長とは言え、他の女性を抱くなんてのは、嫌でしょう。ですから、そこがネックになって、この仕事だと、なかなか彼女ができないんですが、そこを理解してくれるなら、別に問題はないですね。残念ながら、と言うか、ぼくは、まだそんな理解のある女性とは出会ったことがないんですよ。それで、この仕事を始めてからはずっとフリーのままです」
 そうか、フリーなのか。それを聞いて、おれはちょっと、安心した。――って、安心って、何だ?
 もっとも、彼と付き合うには、彼があの女社長とセックスすることを認めないといけないわけだ。そう考えると、確かに彼と付き合うのは、簡単なことではないと思う。デートの約束が急な仕事で反故になるというトラブルはよくあることだが、その仕事が普通の事務や営業ではなくて、他の女性とデートすることだったら、恋人としては、我慢できないだろう。こんな素敵な彼が恋人になってくれるとしても、その恋人が定期的に――しかも、自分よりも優先的に――大金持ちの美少女とセックスしているなんてのは、なかなか受け入れ難いに違いない。
 お茶の時間が終わると、外は暗くなっていて、東京の夜景がきれいに見えた。
「折角ですから、お召し物を替えましょう」
 彼にそう言われて別室に入ると、何着もの色とりどりの洋服が用意してあって、驚いた。イブニングドレスという奴だ。
「ひょっとして、さっきの箱の中身は、これですか?」
「あれは、今日の撮影で使った洋服です。こちらは、今夜のディナーであなたに着ていただくために、うちの傘下の会社がやっている店から取り寄せたものです。一通りご覧いただいて、気に入ったドレスをお召しください」
 ざっと、20着ぐらい、ドレスがあった。いかにも、高級ブティックの店員という感じの女性が控えていて、おれが服を選んで着るのを手伝ってくれるらしい。
「この赤いのなんて、いいんじゃないですか?」
 ドレスを見て回ると、時折彼が薦めてくれる。だが、イブニングドレスということで、胸が大きく開いているようなものが多い。今のおれには、こういうのは、似合わない。
「あたし、大人っぽいのは、ほんと、似合わないんですよ」
 それは、レディーススーツを着たときに、思い知らされている。
「大丈夫ですよ。髪型やメイクを少し大人っぽくすれば、あなたによく似合いますよ」
 髪をセットしたりメイクをしてくれる人も呼んであるらしい。まさに、至れり尽くせりだ。「お嬢さま」は本当におれのことを気に入ってくれているようだ。きっとおれに一夜だけのお姫様気分を味合わせてやろうとでも思ったのだろう。だが、ここまでされると、却って怖くなる。あの「お嬢さま」のことだから、どこかで今日の分の「先行投資」を回収にかかるような気がした。
 ドレスの中には、裾が大きく広がっているものがいくつもあった。こういうのは、大抵装飾過多で、どうやって座っていいのかもわからないのでパス。胸が開いているようなのも、おれの小さな胸が強調されて恥ずかしいのでパスした。あと、黒とかワインレッドとか、大人っぽい色合いのものもパスすると、たくさんあったドレスも選択肢は2、3着にまで狭まった。
 結局、おれは、比較的おとなしいデザインのオレンジ色のドレスを選んだ。胸は開いていないが、背中が開いているのがちょっと恥ずかしい。だが、ちゃんと歩いたり座ったりできそうなドレスの中では、おれに似合いそうなのはこれぐらいしかなかった。
「それでは、準備ができましたら、お迎えに上がります」
 彼は、そう言って、部屋を出て行った。
 おれは、選んだドレスに着替えることにする。もちろん、自分では着られないので、ブティックの店員に手伝ってもらう。というより、されるがままだ。ワンピースを脱いで、ドレスを着るのかと思ったら、下着も替えるように言われた。今の下着でこのドレスだと、ブラ紐が見えてしまうらしい。ストラップレスの白いブラジャーに替えられ、それに合わせてショーツも穿き替えた。ショーツの上から、ストッキングを穿く。
 ドレスを着てみたが、やっぱり、背中が出ているのがものすごく気になる。ストラップレスとは言え、ブラが見えているのではないかと心配して鏡で確認させてもらったが、そちらは大丈夫だった。着ている感触だと、背中の半分ぐらいが露出しているような気がしたが、実際には、肩の下あたりが見えているに過ぎないようだ。
 ドレスの着付けが終わると、今度はお化粧だ。別の女性が出てきて、おれの顔を塗りたくる。いつになく厚めの化粧で、目鼻立ちをはっきりとさせた。確かに、いつもよりも大人っぽくなった。というか、いつもは中学生ぐらいにしか見えないおれが、年相応――18歳の女の子に見えた。
 ここでまた人が変わって、髪をセットしてくれる。軽くウェーブをかけてボリューム感を出し、そこに大きな花の髪飾りを載せる。花は、ドレスと同じオレンジ色だった。トロピカルな雰囲気の装いになった。頭の片側にだけ物が載っているというのは、物凄く違和感がある。
 最後にアクセサリー。まず、銀の細い鎖で編まれたペンダントをつけた。鏡で見ると、胸元で小さな銀のプレートがかすかに光るのがわかった。耳飾りも光物をつけられた。
 あとは、両手に肘まであるような長い手袋をつける。これは、ドレスの付属品で、ドレスと同じオレンジ色だ。手袋といっても、覆っているのは手の甲まで、指先は外に出ている。どうするのかと思っていたら、爪にはオレンジのマニキュアを塗られ、指輪を填められた。リングだけではなく、光る石がついていた。本物のダイヤかもしれない。
 こんなにアクセサリーだらけにされたら、何か1つぐらい落としてきそうだ。
 これで、ようやく完成、と思って立ち上がろうとして、靴を履いていないことを思い出した。おれのために用意されたのは、ハイヒール。背が低いおれを、少しでも長身に見せるための靴だ。
「素晴らしい。こんなに美しくおなりとは」
 おれの準備ができると、部屋に入ってきたイケメン秘書が驚いたように声を上げた。
 いや、驚いたのは、おれも同じ。彼は、ラフなポロシャツ姿から、黒のタキシードに着替えていた。考えてみたら、おれがドレスアップしているのだから、エスコートする彼も、それにふさわしい格好になるのは当然だ。
「それでは、お嬢さま、まいりましょう」
 多少芝居がかった感じで、彼がおれに手を差し出した。彼と触れ合ったおれの指先が甘く痺れた。
 これまで、靴はなるべく踵の低いものを選んできた。ハイヒールなんて、もちろんはじめてだ。この靴を薦められたときに断ってもよかったのだが、この装いだと、少しでも背が高い方が見栄えがすると言われて、受け入れた。文字通り、背伸びしてでも長身の彼との身長差を縮めたいと思ったのだ。
 だが、その考えは甘かったと、数歩歩いたところで思い知らされた。恐ろしくバランスが悪くて、歩きづらいのだ。ひたすらつま先立ちで歩くような感覚だ。間違っても、踵に体重をかけるなんてできやしない。ちょっとしたことでもバランスを崩して、倒れてしまいそうになる。そのため、カタツムリが這うような速さでしか歩けない。
「どうしました?」
 おれがちっとも進んでいかないのを見て、彼が心配そうに声をかけてきた。
「あたし、ハイヒール、はじめてなんです」
 仕方なく、おれは白状した。この人に、背伸びしすぎの何も知らない子供だと思われたかもしれない。
「怖がらずに、まっすぐ歩けば大丈夫です。転びそうになったら、ぼくが支えますから。あ、倒れるときは、変に踏ん張らずに体を投げ出した方がいいですよ。変に踏ん張っちゃうと、足を捻りますから。どんな風に倒れても、必ずぼくが受け止めます」
 彼がそう言って、おれの腰に軽く手を添えた。彼の手が触れた瞬間、心臓がどくんと鳴る。体がほんのり熱くなってくるのを感じた。
「そうです。上手ですよ。そのままゆっくり行きましょう」
 彼は、そっとおれの腰に手を回して、抱きかかえるようにして一緒に歩いてくれる。手が塞がっている彼に代わって、おれのドレスアップを手伝ってくれた女性たちが、ドアを開けてくれた。
「いってらっしゃいませ、お嬢さま」
 部屋を出るときに、彼女たちがそう言って見送ってくれた。
 部屋からエレベーターに向かう廊下で、バランスを崩した。実はわざとだ。体を捻って背中から落ちそうになるところを、彼が抱きかかえてくれた。ほんとだ。ちゃんと受け止めてくれた。
 彼に抱きかかえられたおれは、下から彼の整った顔を見上げる格好になった。
「お怪我はないですか?」
 彼は、おれを抱えたまま、そう言った。こうやって、下から見上げる彼も、頼り甲斐があって、美しい。
 おれが「はい」と答えると、彼は、おれを抱きあげて、床に立たせてくれた。
「今のは、わざとでしたね」
 彼にそう言われて、言葉が詰まってしまう。どうやら、彼にはすべてお見通しだったようだ。この分だと、ドアが閉まって、見送りの彼女たちの目が届かなくなるのを待ってから倒れたのだということも、ばれているに違いない。おれは、赤くなって、下を向いたまま立っていた。
「あれでいいんですよ。ああやって倒れてくれれば、ぼくが絶対に怪我をさせませんから」
 おれの心臓がまたどくんと跳ね上がった。彼の顔を見上げたが、何事もなかったような、静かな微笑を浮かべていた。
 高い踵に気をつけながら、ゆっくりと、本当にゆっくりとエレベーターまで歩いた。人目がないので、おれは、彼にしがみつくような格好だった。彼も、そんなおれをサポートしてくれた。
「本当に歩けないんだったら、抱っこしてあげますよ」
 エレベーターの中で、彼がそんな冗談を言った。だが、おれは、実際に彼に抱かれる様を想像してしまって、このジョークに何も言い返すことができなかった。
「エレベーターを降りたら、すぐにお店です。なるべく入り口に近い席にしてもらいますか?」
 これから行く店は、最上階近くにある有名なフランス料理の店だ。料理はもちろん、窓から見える夜景も売りの1つになっている。入り口に近い席なら、確かに歩くのは楽だが、窓からは遠く、近くに他の客もいるだろうから、彼との食事を充分楽しめるかどうか疑問だ。きっと、予約席は、奥の、夜景が美しい特等席が用意されている筈だ。折角なので、歩くことにした。
「大丈夫です。少し慣れてきましたから」
 エレベーターから店の入り口まではゆっくり歩き、席までは、がんばってウエイターについていった。
 席に座れば、あとはこっちのものだ。テーブルマナーだったら、男も女も関係ない。おれは、ようやく一心地ついた。あとは、食事中にトイレに行きたくならないよう祈るだけだ。
 乾杯のために、グラスに白ワインを注いでもらった。
「何のために乾杯しましょう?」
「ええっと……」
 おれは考えたが、適当な言葉が思い浮かばない。
「お仕事お疲れ様、というのでは味気ないですね」
 そういうのは、打ち上げで大勢でビールのジョッキを片手にするものだろう。
「君の瞳に乾杯、ってのは、何の台詞でしたっけ?」
「古い映画だったような気がします。そういう気障な言葉でもいいですよ」
 むしろ、この美しい男性の気障な言葉を聞いてみたい。
「困ったなあ。そういう台詞はあまり持ち合わせていないのですけどね。――それじゃ、仕方がない。月並みだけど、これで行きましょう」
 彼が言葉を切って、ワイングラスを持った。
 おれも、ワイングラスを持って、彼の言葉を待った。
「あなたの若さと美しさに乾杯」
 しばらく間があったあと、彼が手を伸ばしてきて、おれの持っているグラスに軽く触れた。彼の言葉の後、おれの手がまったく動かなかったからだ。
 おれは、彼の言葉に胸を突かれる思いだった。彼が乾杯の対象とした2つのものは、もうすぐおれが失ってしまうものだったからだ。
 おれは、ワイングラスの縁を少しだけ舐めてみた。恐らく高級品であろうこのワインも、おれには苦く感じられるだけで、この少女の舌では理解することができなかった。


 最近は、おれもこの小食な少女の体でのコース料理の楽しみ方というのがわかってきた。
 まず、どんな料理も1口は口をつけてみる。旨かった場合はもう1口ぐらい食べてもいい。さほどでもないと感じたら、もったいないが、その皿にはもう手はつけない。これは絶品、と思ったものに限り、1皿のうち半分ぐらいを食べる。そうやっていけば、ちゃんとデザートまでおいしくいただける。これまでみたいに、最初のサラダを全部食べてしまったのでは、メインディッシュにさえ辿り着けない。
 今夜のディナーもその方式で乗り切った。ただ、そこは超一流店。出てくる料理がどれも絶品だったため、ついつい食べすぎてしまいそうになり、1口2口だけで泣く泣く料理を下げてもらった。本当は、おれが残した分は、このイケメン秘書に食べてもらったらいいのだろうが、今夜の彼は、おれのエスコート役に徹している筈。おれの申し出を受け入れてくれるとは思えなかったので、おれは黙っていた。おかげで、彼の目には、おれは高級ディナーを1口2口食べただけであとは残してしまうわがまま娘とでも映ったかもしれない。
 そこそこ満腹になったところで、お楽しみのデザートの時間。出てきたのはオレンジムース。おれのドレスの色に合わせてくれたのだろうか、などと思ってしまう。ひんやりして、甘いソースがかかっていて、とてもおいしかった。
 この体になってから、一番満足のいく食事だった。料理の味もさることながら、窓から見える素晴らしい夜景も、絵に描いたように美しい彼のさりげない気遣いも、満足度を高めてくれた。
 ちょっとだけ頭がぼんやりしている。まさか、最初の乾杯のときに舐めたワインが原因じゃないだろうな。ひょっとしたら、料理のどこかで酒が使われていたのかもしれない。
 それでも、歩くのに支障が出るほどではない。帰りも、彼にエスコートされて、店を出た。
 エレベーターに乗り込むとき、バランスを崩して倒れそうになった。
「きゃっ」
 今度はわざとじゃない。「転ぶ」と思ったとき、またしても、彼の腕に抱きとめられた。
「大丈夫ですか?」
「あ、あの……」
「わかっていますよ。今度はわざとじゃないんですね」
 おれは、いつの間にか、彼に抱きかかえられていた。いわゆる「お姫様だっこ」というやつだ。
 彼は、おれの小さな体を軽々と持ち上げていた。彼に抱かれている、と思うと、彼の腕が当たっている背中や、膝裏から、軽い痺れのような感覚が湧き上がってくる。
「足を捻ったりしていませんか?」
「え? あ、はい。大丈夫だと思います」
「それなら結構。でも、また転ぶといけませんから、このままお部屋までお連れしましょう」
「こ、このままですか?」
「駄目ですか?」
「だって、恥ずかしいです」
「誰も見ていませんよ。このエレベーターは、スイートルームフロア専用ですから、滅多に他人と出くわすことはありません」
「お部屋にさっきの人たちがいるんじゃないですか?」
 おれの着付けやメイクをしてくれた女性たちのことだ。
「彼女たちはとっくに帰っている筈です。部屋には誰もいませんよ。ぼくとあなたの2人きりです」
「でも、他のお客さんがいないわけじゃないんですよね。やっぱり、誰かに見られたら――」
「そのときは、ぼくの方に体を寄せて、顔を隠せばいいんですよ。ぼくの首に腕を回すんです」
 そう言われるままに、おれは、彼の首に腕を回して、しがみつくような姿勢になった。おれは、抱かれたまま、彼の意外と厚い胸板に顔をうずめるような格好になる。
「こうすれば、誰もあなたの顔は見えませんよ」
 耳元で、彼の声が聞こえた。反射的に、声のした方――上を見る。目の前、文字通り目と鼻の先に彼の顔があった。
「あ」
 彼は、きれいな目をしておれの方を見つめていた。息遣いを感じるぐらいの距離。おれは、彼の瞳にすーっと吸い込まれていく気がして。そっと目を閉じた。
 暗闇の中、おれの口唇に、やわらかいものが押し当てられた。
「ん?」
 おれの脳が痺れた。それが、キスだと気付くまでに、随分長い時間がかかった。
 いや、それは一瞬のことだったのかもしれない。
 それは、軽いフレンチキスだった。彼は、閉ざされたままのおれの口唇を押し開こうとはせずに、おれから離れていこうとした。
(!)
 おれは、逃げていこうとする彼の口唇を無意識のうちに追った。肘まであるオレンジ色の手袋に包まれた両腕を彼の首に回し、ぎゅっと抱きしめた。今度は、おれが彼の口唇にやわらかい口唇を押し当てる番だった。
「んっ」
 押し殺したような声が出た。彼も、口唇を押し当ててくる。それだけじゃない。彼は、おれを抱きかかえたまま強く抱きしめた。おれの体が彼の体に押し付けられる。おれの体の中で、彼の体と接触したところが、熱を帯びてきた。
「あんっ」
 思わず声が出て、おれの口が開かれた。その隙に、彼の舌がおれの中に入ってくる。
「んんんっ」
 おれは、夢中になって、彼と舌を絡み合わせた。おれは、自分から体を彼に押し付けた。
 全身が熱くなる。
 頭が痺れて、体中に快感が走る。
 何も考えられない。
 おれは、彼に抱かれたまま、彼の口を貪り続けていた。


 気が付いたときには、部屋に戻っていた。
 エレベーターから降りたことも、部屋に入ったことも憶えていない。気が付いたら、女社長に取って貰ったスイートルームの中で、イケメン秘書にお姫様だっこされているところだった。
「それで、これからどうしますか?」
 彼のその言葉で、おれは我に返ったのだった。といっても、体中が疼いて、熱を帯びているのは変わりがない。彼とのさっきの行為は、おれの体を燃え上がらせはしても、満足感をもたらすには至っていなかった。
「お風呂で汗を流しますか? それとも、お茶でも? テレビを見るというのでもいいですが」
 そう言って、彼は、抱き上げていたおれを床に下ろそうとする。
「離れないで」
 おれは、思わずそう言っていた。
「そばにいて。お願いだから」
 おれは、自分でも信じられないことを口走っていた。おれの頭の中は、こうして彼と体を触れ合わせていたい。一瞬たりとも彼と離れたくないという思いで一杯だった。
 彼は、おれの懇願に対して、困ったような顔を見せることはなかった。彼は、おれに向かってやさしく微笑んで、奥の部屋へと歩いていく。彼は寝室に入り、おれを抱いたままベッドに腰掛けた。
「いいんですか?」
 と彼は言った。
「――わかりません」
 正直に答えた。自分が何をしたいのか、自分でもわからなくなっていた。
「それじゃ――」
 彼は、おでこを突き合せるぐらい顔を近づけて言った。
「もう一度、キスしていい?」
 おれがこくりと小さくうなずくのを待って、彼がおれの口唇を求めてきた。彼のくちづけは、さっきよりも激しかった。彼は、おれの背中――大きく開いて素肌が露出した背中に手を回す。妖しい手つきで背中を撫で回されたおれは、思わず歓喜の声を上げた。
「あんっ」
 少女のまだ幼い艶かしい声。この声で彼の心に火がついたのだろうか。
 彼は、背中からドレスの中へと手を侵入させた。肩に手を回し、ドレスを脱がせにかかる。おれは彼の動きに逆らったりせずに、従順に袖から腕を抜いた。
 その間にも、彼の甘いキスは続いていた。おれの脳が、だんだんと痺れを増していく。
 おれがドレスから両腕を抜き、上半身がはだけられると、ようやく彼の長いキスが終わった。
 彼は、おれをベッドの上に座らせた。おれは、彼と顔を突き合わせるように向かい合っている。彼の腕が、おれに伸びてきて、首の後ろに回った。
「これは、外しておこうね」
 彼は、おれがつけていたペンダントを外した。耳飾りも外してベッドの脇に置く。指輪と手袋と頭の花の飾りはそのままだった。
 多分、今の彼の目には、白いストラップレスのブラを身につけたおれの姿が映っている筈だ。そう思うと、恥ずかしくなって、思わず両手で胸を隠した。
「どうしたの?」
「だって。恥ずかしくて」
「どこが?」
 どうして彼は、こんなに恥ずかしいことをおれに言わせるのだろう?
「あたし、胸、ちっちゃいから」
 そう言うと、おれは、胸の前で交差する両手に力を入れた。
「見せて」
 と彼が言う。
「いや」
「小さくて、かわいい胸は大好きだよ」
 そうなのか? 一瞬、おれの腕の力が緩む。彼のたくましい腕が、おれの手袋をつけたままの手首を掴んで、ゆっくりと広げていく。おれの白いブラに包まれた小さな胸が、彼の目の前に姿を現した。
「きれいな胸」
 彼は、おれの手首を離す。おれの両腕は自由になったが、もう胸を隠したりはしない。
 無防備になったおれの胸に、彼の手が伸びた。左胸の先をブラの上から軽く触れられた。
「あっ」
 思わず声が出た。さっきよりも、ずっと艶かしい声だった。
「感度もいいんだ」
 おれは、恥ずかしくて、目を伏せている。
「それ、取ってもいい?」
 おれは、答えない。否定もしなかった。
 彼は、おれの背中に手を回し、ストラップレスのブラを外す。手馴れた手つきだった。
 ブラを取られて、おれの胸が大気に晒された。外したときに、少しも揺れない小さな胸なのが恥ずかしい。でも、彼は、おれの小さな胸をほめてくれた。
「素敵な胸だ。――さわるよ」
 彼が、おれの右の胸に触れる。
「ふぁ」
 微妙なタッチで触れられて、おれは、ほのかな快感を感じる。その快感は、おれの胸から、ゆっくりと、じんわりと体中に広がっていった。
 その後も、彼は、おれのわずかに膨らんだ胸をやさしく触れるように愛撫してくれた。
「気持ち、いい――」
 思わず声に出した。昨日、小娘に触られたのも気持ちよかったが、あれは、有無を言わせぬ力強い愛撫だった。でも、彼のは、おれのことを大切にしてくれていることがわかる、とてもやさしい愛撫だった。
「こんな気持ちいいの、はじめて」
「それじゃ、このまま続けようか」
 彼は、しばらくの間、おれの2つの小さなふくらみを、そっと撫で続けてくれた。おれは、目を閉じて、うっとりと、彼の指の感触を味わっていた。おれの2つのふくらみから発したその感触は、さざなみのように、ゆっくりとおれの全身に行き渡った。
「あ、ああ」
 おれの口から、声が漏れる。
 快感で全身を支配されたおれは、座っていることすらできなくなった。そんなおれを彼がやさしく横たえてくれた。
 仰向けになってしまうと、おれの小さな胸は、ほとんどふくらみを失ってしまう。彼は、おれの右の胸に手を這わせ、ふくらみかけの乳房をかき集めた。ささやかな山を作ると、そこに顔を近づけて、山頂の乳首を舌で転がした。
「きゃうんっ!」
 急な刺激に、はじめて悲鳴のような声が出た。おれの胸の真ん中にある2つの小さな突起が、今までなかったぐらい硬くなっているのが自分でわかった。
 彼は、今度は、左の乳首を指で挟む。
「ひゃうっ」
 硬く、敏感になった乳首を触られて、声が出ないわけがなかった。
 彼は、舌と2つの手で、おれの上半身を次々に蹂躙していく。胸と乳首はもちろん、首筋、肩、二の腕、脇、背中、おなか、わき腹。どの部分も、彼に刺激を加えられるたびに、おれは、声を上げて反応した。
 おれの上半身を完全に制圧すると、彼は、下半身の攻略に取り掛かった。
 まず、ハイヒールが脱がされる。次に、腰を持ち上げられて、半脱ぎ状態だったドレスをむしり取られた。
 こうしている間にも、彼は、おれの胸からおなかにかけて、キスの雨を降らせていた。おれは、淡い快感に溶かされて、何1つ抵抗できなかった。
 手馴れた手つきでストッキングが下ろされて、おれは、彼の目の前でショーツ1枚という姿にされてしまった。
「きれいだ」
 おれの体を見て、彼がそう言った。
「さあ、それも脱いじゃおう」
 彼の手がおれに残された最後の布に伸びる。
「いやっ」
 おれの言葉に、彼の手が止まった。
「どうして?」
「だって……。――自分で脱ぐから」
 おれは、そう言って、寝転んだまま、自分のショーツに手をかけた。じっとりと湿っているのがわかる。こんなの、彼に知られたくない。
「手伝おうか?」
 彼がそう言ってくる。おれは、いやいやと首を振った。寝転んだままのおれは、うまくショーツを脱ぐことはできない。困っているうちに、彼の手が伸びて、おれのぐしょぐしょに濡れたショーツに触れた。
 おれは、恥ずかしさでいっぱいになる。彼は、どうしておれが自分で脱ぐと言い出したのか、理解したようだった。
 おれは、体をよじって、彼の視線を外そうとする。彼は、何事もなかったように、おれのショーツを下ろした。
「恥ずかしがらなくてもいいよ」
 と彼は言った。
「でも――」
「女の子は、そうなるのが普通なんだよ」
 そうなの――か?
「それに、結局は、同じことだよ」
「え?」
「だって、ぼくは、君のここを触るつもりだったんだから」
 彼は、そう言って、おれの股間に手をやった。
「ひゃんっ」
 ほんの少し触られただけなのに、声が出た。
「凄いことになってるね」
 彼の手が、おれの体でもっとも敏感なところをまさぐっている。おれのそこが、トロトロで、ヌレヌレだということが、全部彼にばれてしまった。
「い、いゃん」
「恥ずかしがらなくてもいいの。これは、君が健康な女の子だって証拠だから」
 おれが、健康な女の子――。
「ぼくはね――」
 彼の手がおれの股間に与える刺激が、どんどん強くなっている。
「あ、ああん」
「君みたいな女の子が大好きなの」
「はあん、はあん。あ、あたし?」
「そう。君。小柄で、おとなしそうで、かわいくて――。今日の写真も見せてもらったけど、どれも凄くかわいかった」
「あん――か、かわいい?」
「かわいいよ。見てるだけでも最高なのに、こうして一緒に肌を重ねられるなんて」
「あん、あん、んんっ」
「ベッドの君も、かわいくて、とても感じやすい」
「ひゃうん、ひゃう」
「こんなにかわいい声で啼いてくれる」
「ひゃ、あ、ひゃうっ!」
「君は、ぼくの理想の女の子だよ」
 彼にそう言われた瞬間、何か、物凄いものが体中を駆け抜けていった。
 すごい。何だ、この気持ち?
 こんな気持ち、はじめて。
 でも――。
「もっと!」
 おれは、叫んでいた。
「もっと、気持ちよくして!」
 今だって、信じられないぐらい気持ちいい。でも、これで終わりじゃない。まだ満足していない。
 そう。この先にまだ何かがある筈。そこに連れて行って欲しい。
 そこまで、あたしを連れてって。
「お願い!」
 おれが懇願すると、彼がおれに体重を伸しかけてきた。彼の重さを体で感じた。
 彼の熱いものが、ゆっくりとおれの中に入ってきた。


 おれは、男だ。
 女は、おれの性欲の対象であり、捌け口だった。
 これまでに、無数の女を抱いてきたし、これからも抱きたいと思っていた。
 だから――。
 この少女の体に入れられたとき、女を抱けなくなるということにショックを受けた。
 「おれ」の姿をした小娘に無理矢理犯されたときは、男のプライドをズタズタにされたと思った。
 だが。
 女の体――女の体がもたらす快感というものに、まったく興味がないわけではなかった。
 今のこの体は、男のおれに取っては、性欲の対象とはなりえない幼すぎる体だったが、女としての快感を得るには、充分成熟した体だった。
 いや、元から成熟していたわけではない。
 小娘が言うように、おれがこの体になってから、感じやすく、淫乱な体に変わっていったのだ。
 おれは、この少女の体からもたらされる快感を得るために、夜毎、自分の体を弄った。
 それでは物足りなくなると、妻や秘書たちに身を委ねて、新たな快感を貪ろうとした。
 だが、そこまでだった。
 おれは、この体に快感をもたらしてくれる相手を、妻や秘書たち――つまり、女たちに求めた。彼女たちならば、それ以上先へは踏み込まない――踏み込めないとわかっていたからだ。
 おれは、この体で抱かれ、体中を愛撫され、絶頂に導かれたいと思っていたが、その相手は女でなければならなかった。おれは、男とヤリたいとは思っていなかった。
 それは、おれがこの少女の体でただ1度経験した男とのセックスが、小娘によって無理矢理犯されたものだったからだ。あのときは、快感など何もなかった。痛いのと、悔しいという2つの感情しかなかった。
 2度とあんな思いをするのは、ごめんだと思っていた。
 思っていた筈だった。
 だが、おれは、今、自分の意思で、男に抱かれている。
 おれの意思で、自分の中に男の物を受け入れている。
 おれは、今、自分の中に異物が存在することを感じていた。


 痛い。
 最初に感じたのは、それだった。
 だけど――。
 以前、小娘に、無理矢理犯されたときとは違った。
 あのときと痛さはそんなに違わない。かなり痛い。だが、悔しいという感情は、どこにもなかった。むしろ、おれの中の何かが満たされているのを感じた。
「痛くない?」
 と彼がおれにやさしく訊いてきた。女社長から、おれがセックスは痛いからと嫌がっていたのを聞いているのだろう。
「少し。――でも、大丈夫です」
 おれは、がんばって、そう答えた。
「そう。だったらしばらくこのままでいようか」
「はい」
 おれは、彼の下で彼のものを感じながら、しばらくの間、静かに横たわっていよう、と思って、目を閉じた。
 ところが。
「あんっ」
 突然、彼が、おれの小さな乳房を揉んできた。今度は力強い愛撫だった。完全に出来上がっていたおれの体は、あっという間に、再び頂点を目指して駆け上がっていく。
「ひ、ひゃうっ。――ど、どうして? このままだって」
「だって、何もしないのも退屈でしょ。じっとしている間に、気持ちよくしてあげる。イッちゃっても、いいよ」
 どうやら、「しばらくこのままでいる」というのは、単に、おれの中に入れた彼のものを動かさないという意味だったみたいだ。
「ひゃ、ひゃ、ひゃうん。はうっ」
 彼は、おれの胸のどこをどう刺激すれば、おれがどんな風に感じるのかということをすべて把握していた。おれに抵抗する術などなかった。おれは、彼の下で、よがり、もだえ、乱れまくった。
 あまりの快感に、身を捩ると、おれの中に入れられた彼のものが、おれの中の襞と擦れあった。
「あ、あああんっ!」
 ものすごい悲鳴が出た。ものすごい痛みとものすごい快感が、おれの中で同時に沸き起こった。
 体がちぎれるほど痛かった。でも、体なんて、このままちぎれてしまえばいいのに、と思うぐらい気持ちよかった。
「どうだった?」
 彼は、いつの間にか、おれの胸への刺激をやめていた。
「はあ、はあ……。わかんない。痛かったけど、気持ちよかった」
「そう。これから、だんだん痛みはなくなって、気持ちよくなっていくよ」
 そう言って、彼はおれに軽くキスをした。口唇に触れるだけのキスだったが、おれは、頭がほわんとした。
「少し、動いてみようか」
「は、はい」
 おれは、彼の言われるがままにする。すべて彼に任せてみよう。彼ならば、きっとうまくやってくれる。
「あんっ」
 彼のものが、少しだけおれの奥へと入ってきた。
 相変わらず、痛みは感じるが、我慢できないほどではない。むしろ、少しよくなってきている。
「どう?」
「ちょっと、よくなってきたかも」
「もう? 早いね。それなら、これは?」
 彼のものが、さらに奥へと入ってくる。痛い。でも、痛みさえも、快感に変わっていく。
「い、いいです」
「だったら」
 今度は逆に、彼のものがおれの中から出て行くように動いた。
「だ、駄目」
 おれは、思わず口走った。
「行かないで」
 おれは、無意識のうちに腰を動かして、出て行こうとする彼のものを追った。
「大丈夫。どこへもいかないから」
 彼は、そう言うと、改めておれの方に腰を突き出してくる。おれの中のものが一気におれの奥へと突き進んだ。
「きゃあああんんっ!」
 凄いのが来た。さっきのとは比べ物にならない。最早、彼のものがおれの奥までめり込んでくる痛みさえも、快感としか思えなかった。
「はあ、はあ、はあ」
 おれの息が荒れている。おれの息が整うのを待って、またしても、彼が来た。
「ひゃうううううんっ!」
 今度は、息が整うより先に、次のが来た。
「ひいゃぁぁぁっ!」
 次第に、彼がおれを突く間隔が短くなってくる。突かれるたびに、こんなに気持ちいいのははじめて、と思うが、その思いは、あっけなく、次のストロークで打ち砕かれる。これ以上はないと思えるような快感が次々におれを襲う。おれは、そのたびに、悲鳴に似た嬌声を叫び続ける。おれの声を聞いた彼は、一層燃え上がるのか、ストロークは、さらに激しさを増す。
 彼がおれを突くたびに、彼のものは、少しずつおれの奥へと侵入し、ついに、その終点を迎えた。
「そ、そこおぉーっ!」
 彼のものが、おれの体の一番奥へと達したとき、おれは、思わずそう叫んだ。
「そ、そこっ。そこがいいの。そこに出してぇーっ!」
 彼は、何度も何度も、おれを突き刺していく。おれは、もう何も考えられなくて、意味不明の叫び声を挙げるしかなかった。
 やがて、そのときが来た。
 彼は、おれの中を熱いもので満たした。
「い、いいぃーーーーっ!」
 おれは、それまでで一番大きな悲鳴を上げた。
 おれは、この少女の体になってはじめて、本当の意味での絶頂に達した。

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》 - ジャンル : 小説・文学

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