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呪遣いの妻 03

 翌日、おれは黒塗りの社用車を運転して、会社へ向かっていた。
 信号待ちのときに、ちらと後ろを見る。後部座席には、小娘が「おれ」の姿で偉そうに座っていた。
 おれは、今日も小娘の姿のまま。
 昨日は、この体にはてんで似合わないフォーマルな感じのレディーススーツだったが、今日は、上着とスカートが淡いピンクのもので、ブラウスの胸元には小さなリボンがついている。スカートも、昨日のミニに比べたら長めで、ふんわりしていて、全体的にかわいらしさが溢れている。まだ18歳の小娘の体にはよく似合っている、というのは理解できるが、これはこれで、おれは恥ずかしくて仕方がない。新しい服を着せてくれた妻は、「18歳の女の子であることを楽しみなさい」と言ったが、35歳の男がこんなかわいらしい服を着せられても、恥ずかしいばかりでちっとも楽しくない。今から、この姿を総務部や秘書室の連中に見られるかと思うと、憂鬱だ。
 信号が青に変わり、おれは、アクセルを踏んだ。昨日に比べて、踵の低い靴にしてもらったので何とか運転できている。視界が低くて見づらいし、腕力もないのでハンドルがやたらと重い。その結果、恐ろしくゆっくり走らざるを得ず、途中で何台もの車に抜かれた。抜いていく車の運転手が、おれの方を見て驚いている。それはそうだろう。こんな黒塗りの車を中学生みたいな少女が運転しているのだから。
 社長である「おれ」の出勤時には、いつもなら会社の運転手が迎えに来るのだが、それでは車内でおれが小娘の「おれ」と話をすることができない。社外に出掛けるときも同じだ。屋敷を出てしまえば、社長室以外には、おれが小娘に社長としての振る舞い方を指示できる場所がない。それでは困るので、移動で使う社用車にはおれと小娘の2人きりで乗ることにしたのだ。
 小娘は、高校を卒業したときに、運転免許を取ったらしいが、それ以来、1度も運転したことがないペーパードライバーだったため、社用車の運転はおれがやることになった。さすがに、「おれ」の体で事故を起こされては困るからだ。
 昨日は、人と会う予定はすべてキャンセルしたが、今日はそういうわけにもいかない。会社に着いたら取引先の社長と会う約束がある筈だ。おれは、そのときの台詞や態度などを事細かにレクチャーしておいた。
「細かいことは、購買部長が喋るから、おまえは適当にふんぞり返っていればいい。とにかく、間違っても、相手になめられないこと。強気の姿勢を崩すんじゃないぞ」
 今日の取引先とは仕入れ価格で折り合いがつかなくて商談が難航している。下交渉は購買部がやっている筈なので、おれは、とにかく強気に出て、条件を少しでも有利にすることが仕事になる。部下からの報告では、交渉はあと一息のところまで来ているとのこと。今日の「おれ」は尊大な態度で一歩も引かない姿勢を見せることが重要だ。細かいことは、購買部長に昨日のうちにメールで指示してある。
「わかりました。こんなふうにしてればいいんですね。大丈夫ですよ」
 小娘はそう言うと、後部座席でふんぞりかえってみせた。
 最初の商談は、何とか無事に終わった。小娘は、決められた台詞を決められたとおりに喋り、あとは本当にふんぞり返って過ごした。多少やりすぎかとも思ったが、まあ、態度が尊大なのは、この業界ではおれのスタイルだとみなされているので、これは問題ないだろう。
「楽勝でしたね」
 次の取引先に向かう車の中で、「おれ」の姿をした小娘は、無邪気に言った。
「どこがだ。最後に向こうが握手を求めてきたのを無視しただろう」
「えっ、そうでしたっけ?」
 難航した商談は、こちらの思惑通りに成立した。向こうとこちらの力関係で言えば当然のことだったが、大幅譲歩を強いられた相手が、最後に握手を求めてきたのをこの小娘は無視したのだ。結局、購買部長がその場を取り繕って何事もなくお開きとなった。
「まあいい。本来なら、こっちの条件を飲んでくれたんだから、握手には応じるのが筋なんだろうが、それを無視することで、今後も対等の取引じゃないということがわかっただろうからな」
「じゃあ、あれで良かったんじゃないですか」
「たまたまだ。次のところは、こっちの方が弱い立場の会社だ。間違っても、さっきみたいな態度は取るなよ」
「ずーっと、ははーっ、てやってればいいんですか?」
「馬鹿。それじゃ、商談にならんだろうが。失礼があってはならんが、商談は、あくまで強気に、だ。いくらでかい会社とは言え、最終的に技術を持っているのはこっちだからな」
 おれたちは、大手自動車会社の部品調達部門の役員と会合を持つことになっていた。こちらは、まだ具体的な話は出てなくて、顔見せみたいな会合だったから、担当者があらかじめ決めてあった今後のスケジュールを合意するだけだった。内容的には、おれが出るまでもない会合だが、さすがにこれだけの大会社相手となると、部下に任せておくわけにもいかない。
 小娘の「おれ」は、いつも以上にくだけた感じになってしまったが、相手の役員が大会社の重役にしては柔和な人物だったので、大きな問題にはならなかった。今日のところは、細かい話をするわけではないので、まあ、何とか及第点といったところだろう。
「はーっ。おなかぺこぺこです。旦那さまの体って、どうしてこんなにおなかがすくんですか?」
 会合が終わり、エレベーターに乗ると、小娘がそう言った。他に誰も乗っていなかったので、こんな感じで喋っても大丈夫だ。
 そういえば、もう正午をとっくに過ぎている。おれの――小娘の体には、まだ朝に半切れだけ食べたトーストが残っている感じだ。
「近くにうまい蕎麦屋があるから、連れてってやる」
 蕎麦なら、なんとか食べられるだろう。
「ええっ、おそばですか。あたし、何だか、無性にお肉を食べたい感じなんですよ。肉にしましょう。肉」
「蕎麦だ」
 こいつは、このあたりの地理なんて知らないから、おれが連れて行くところに行くしかない。
「じゃあ、いいです」
 そう言うと、小娘は、懐から「おれ」の携帯を取り出した。
「ああ、おれだ。――そうだ。これから出るところだ。――ランチに無性に肉を食べたくなってな。手近でいいところをどこか予約してくれ。――ああ。2人分だ」
「お、おい。勝手なことするな」
 おれは、通話を終えた小娘に食って掛かった。
「秘書にちょっとした指示を出しただけですよ。『社長』として。一番若い秘書さんに、頼んどきましたから、すぐに予約取ってくれますよ」
 小娘は、しれっと言った。
「秘書たちとも、必要なとき以外は話さないって約束だったろ」
「このぐらいじゃ、ばれませんよ。あ、旦那さまの携帯、鳴ってる」
 おれの――秘書用の携帯が鳴っていた。ディスプレイを見ると、一番若い秘書からだった。出た途端に怒鳴られた。
「あんた、何社長に電話させてるの? 店の予約なんて、あんたの仕事でしょ」
「すみません」
 頭ごなしに怒鳴られて、反射的に謝ってしまった。なんで、こいつにおれが謝らなきゃいけないんだ。
「取りあえず、15分後で予約は取ってやったから。感謝しなさい」
「あ、ありがとうございます」
「店情報は、車の方に送っといたから、それをナビにつなげばいい。道に迷いましたなんて言ったら、裸にひん剥いて社内を歩かせるからね」
「あ、多分だいじ――」
 会話の途中で、小娘に携帯を取り上げられる。
「ああ。おれだ。――彼女のせいじゃないよ。おれが勝手にかけただけだから、叱らないでやってくれ。――え、そんなの決まってるじゃないか。君の声が聞きたかったからだよ。ああ、そうだ。会社に戻ったら、また呼ぶから」
 最後は、「おれ」の顔が少しにやけた感じになる。小娘は、勝手にそれだけ喋って携帯を切った。
「これで大丈夫ですよ。旦那さまを叱らないようにフォローしておいてあげましたから。心配ありませんって。だって、彼女とは昨日あんなに激しく愛し合ったんですよ。あたしがお願いすれば、聞いてくれますって」
 元々おまえが勝手に電話したからだろ、と言おうと思ったら、エレベーターのドアが開いた。さすがに、人前で秘書の姿のおれが社長の姿の小娘を罵倒するわけにもいかないので、口を噤むしかなかった。


 食事を終えて、会社に戻って一息つく。
「さあ、それじゃ、早速秘書さん呼んで『お勉強』しましょうか」
「今日は、そんな暇はない」
 午後は、はずせない社内会議がある。その後は、昨日に続いて書類の決済。昨日はおれが全部やったが、今日からは全部目を通して、内容を理解した上で、社長印を押してもらう。とにかく、こいつに社長業の大変さを身にしみてわからせて、「もう戻してください」と妻に泣きつくように仕向けるのだ。
「それじゃ、まずは社内会議の説明だ」
 会議としては、単なる業務報告なのだが、最近、成績が芳しくない部署がいくつかあるため、ここは雷を落として気を引き締めてやらないといけない。
「怒鳴り散らすんですか? 面白そう」
「怒鳴るだけだ。怒鳴るのも最初の1回でいい。あとは静かに睨むだけだ」
 この会社の専制君主である「おれ」が怒鳴ったとなれば、部下たちは全員緊張する。担当の役員なり部長なりが、おれの意を受けて動き出す。管理職には優秀なのを揃えているから、あとは勝手に改善が進んでいく筈だ。おれは、その後の進捗状況の報告を確認するだけでいい。
「おまえら、まさか、こんなものが『業績』だと言ってるんじゃないだろうな」
 業務報告の途中で、それまで黙っていた小娘の「おれ」が発言を遮った。役員や部長がずらりと並ぶ会議の場の雰囲気が凍りついた。
 小娘の「おれ」が、バンと机を叩いた。
「なんだ、このまっ平らなグラフは! グラフってのは、数字を積み上げて、高くするもんだろうが。言い訳なんて聞きたくない。数字だ。数字を積み上げろ。なければ地べた掘ってでも、積め。おれは、右肩上がりのグラフしか受け付けないからな」
 小娘の怒声に会議室は水を打ったような静けさになる。さっきまで報告書を読み上げていた部長は、今にも倒れそうなぐらい顔が真っ青になっていた。
「おい」
 小娘は隣に座っている50代の専務に声をかけた。会社をでかくしていく過程でライバル会社から引き抜いた有能な男だ。
「はい」と言って専務が立ち上がる。有能な男の顔が、こわばっていた。
「今日は終わりだ。明日までに、数字を上積みした報告を出せ」
 そう言って、「おれ」の姿の小娘は資料を専務の方に放り投げ、出口へ向かって歩き出した。誰も身動きひとつしない中、50代の専務だけが、30代の「おれ」――中身は18歳の小娘――に対して深々と頭を下げた。おれは、大股で会議室を去っていく「おれ」の姿を追った。
「うまくできました?」
 会議室を出て、小娘がおれに小声で言った。
「まあ、何とか合格というところだな」
 口ではそう言ったが、小娘の演技は完璧だった。おれだって、あそこまで部下を震え上がらせたことはそうはない。
 小娘はうまくやったと思う。正直、小娘が怒鳴っているとき、おれも恐怖で竦んでいた。


「快感ですね。カ、イ、カ、ン。大声出すのって気持ちいいです。あたしが怒鳴って見せただけで、あんなにたくさんいた偉い人が小さくなって震えていたんですよ。もう病み付きになりそうです」
 社長室に戻ってきた小娘は、完全にハイになっていた。こいつ、「おれ」の体を得て以来、他人を虐めたり、支配したりするという快感に目覚めつつあるようで、ちょっと怖い。
「ああっ、興奮してきちゃいました。もう我慢できない。電話しよっと」
 そう言って、社長席の小娘は社内電話に手を伸ばす。
「おいっ、勝手にするな」
 おれは、小娘の手から受話器を取り上げようとしたが、遅かった。
「おれだ。すぐ来い。ああ。今すぐだ」
 それだけ言って、小娘は電話を放り投げるように切った。
「この後は、仕事だって言ったろう」
「大丈夫ですよ。すぐ終わりますから。だって、今日はまだ1回もしてないんですよ。我慢できるわけないじゃないですか」
「我慢しろ。サルか、おまえは」
 おれは、小娘を止めようとしたが、すぐに秘書がやってきてしまった。一番若い秘書だ。おれは、黙らざるを得ない。
「それじゃ今言ったこと、頼んだぞ」
 小娘は、「おれ」の口調になっておれに向かって言った。もちろん、何も言われてはいないが、おれは、小娘に向かって無言で頭を下げるしかなかった。
 おれは、「おれ」と秘書が消えていった「寝室」へのドアを呆然と見ていた。
 あいつ、段々、おれの言うことを聞かなくなっている。
 だが、今のおれでは、小娘に力づくで言うことを聞かせることはできない。この小娘の体では、力勝負になったとしても、勝負は見えている。かといって、この会社の中では、「秘書」に過ぎないおれが「社長」である小娘に言うことを聞かせるなんて、それこそ不可能だ。むしろ、小娘をいたずらに刺激して、昨日みたいに力で組み敷かれる方が怖かった。
 おれは、内心では、小娘が性欲の捌け口におれではなくて、秘書を選んでくれて、ほっとしていた。
 1時間ほどして、秘書と小娘が出てきた。小娘は、社長室から出て行こうとする秘書の尻を撫でていた。とても、中身が18歳の少女だとは思えない行動だ。
 秘書が出て行くと、小娘は社長席にどっかと腰を下ろして言った。
「さて、次はどうしようかな」
「お、おい」
「やっぱり、若い子がいいですよね。おねえさまも素敵だけど、若い子の方が肌が違います」
「……」
「次、旦那さま、行きます?」
「いい加減にしろ」
 おれは、秘書席を立ち上がり、社長室を逃げ出そうとする。
「冗談ですよ、冗談。何、怖がっているんですか、旦那さま。大丈夫ですよ。今日は旦那さまのこと、無理矢理犯しちゃ駄目だって、奥様にも言われてるんですから」
「ほ、ほんとだな?」
「あ、でも、無理矢理じゃなかったらいいのかな。ねぇ、旦那さま。やさしくしてあげますから、どうです?」
「や、やめてくれ」
 おれは、ほとんど涙声になって言った。
「はは。怖がってる旦那さまって、かわいい。駄目ですよ。そんなかわいい顔で泣いてたら、男は余計抱きたくなるって、旦那さまも知ってるでしょ」
 おれは、社長室の扉のところで立ち竦んでいる。
「わかりましたよ、もう。ちゃんと仕事しますから、戻ってください。そんなかわいらしい女の子に涙目で見られたら、言うこと聞かないわけにはいかないじゃないですか。旦那さま、いつの間にそんな女の子の武器を使いこなすようになったんですか。あたしだって、そんなの使ったことないのに」
 ようやく、おれは小娘にからかわれたのだということに気がついた。小娘に子ども扱いされているみたいで悔しい。涙が出そうになるのを必死にこらえて、おれは秘書席に戻った。
「そう言えば、おまえ、ちゃんと避妊しているだろうな」
「えっ?」
 小娘は、驚いたように言う。
「まさか、生でやってるのか?」
「だって、生じゃないと、秘書さんたち、しゃぶったりしてくれないじゃないですか」
 こいつは、そんなことまでやらせていたのか。
「あのな、秘書たちが妊娠したらどうする気だ? あいつらは、おれの子を生む気満々なんだぞ」
 秘書たちは、今は単なる愛人だが、おれの子を産めば、その子を通じて、おれの莫大な財産を受け継ぐ資格を得る。うまくいけば、その子がこの会社の後継者になることも可能だ。このあたりは、昔の殿様と同じだ。単なる側室で終わるか、御曹司の生母となって栄華を極めるか。それは、おれの子供を生むかどうかにかかっている。
 もちろん、おれは、秘書たちとやるときには、絶対に妊娠させないように気をつけている。当面、妻との間以外に子供を作る気はない。
「それなら大丈夫ですよ」
 小娘は、あっけらかんと言った。
「絶対に妊娠しませんから」
「どういうことだ?」
「あれ、奥様から聞いてないんですか? 秘書さんたちは、妊娠しないよう、奥様から呪を施されているんですよ」
「呪だと?」
 そう言えば、結婚前に妻が秘書たちに会いたがったことがあった。あのときは、正妻が側室を引見するようだと思っていたのだが、そうではなかったのだ。妻が秘書たちに呪をかけるのが目的だったのだ。
 それだけではない。この分だと、秘書たちも、この小娘同様、妻に忠誠を尽くす「侍女」になっている可能性が高い。おれが元の体で秘書を抱いて帰ると、妻が誰を抱いたか知っていたということがあったが、あれも、秘書たちが妻に報告していたのだろう。
「だから、秘書さんたちとはどれだけやっても大丈夫。思う存分抱いて、鍛えてもらいなさいって言われてます。その代わり、他の女の子に手を出したら駄目だって。どうしても手を出したいのなら、奥様の下に連れて行って、呪をかけていただかないと」
 なるほど。だんだん、話が見えてきた。要するに、おれは、呪をかけていない妊娠するかもしれない女に手を出してしまったので、妻の逆鱗に触れたというわけなのだ。秘書たちならよくて、侍女は駄目だという理由がようやく呑み込めたが、今頃気付いても、遅い。
「あ、旦那さま、その体にも今は呪をかけていただきましたから、大丈夫ですよ。いくらやっても、赤ちゃんはできませんから、安心して抱かれてください。何なら、仕事帰りに、街で男の人を引っ掛けてもいいですから」
 妻の呪の力は、恐ろしいものがある。人の心を入れ替えたり、人を絶対服従の家来にしたり。今度は、妊娠を制限する、という力だ。もちろん、何でもできる万能の力というわけでもないだろうし、その力も誰に対しても使えるというわけではなく、さまざまな制限があるのだろうが、どこまでの力を持っているのか、全貌が掴めないだけに、余計に恐ろしい。
 おれは、ふと気になっていたことを小娘に訊いてみる。
「おまえ、昨夜も妻を抱いたのか?」
「もちろんです。だって、お勉強の成果を奥様にお見せしないと。ずいぶん上達したって、褒めていただいたんですよ」
 ということは、昨日だけで、最低6回はやっていることになる。普通ならありえない数字だし、これだけやりまくって、今日もなんてことは考えづらい。
「そんなに、やくまくって、大丈夫なのか?」
「何がですか?」
「さすがに、勃たなくなるだろう」
「旦那さま、昨日もそんな心配してましたよね。大丈夫ですよ。大体、男の人って、どんなに疲れていても、女の子を見たら、やりたくなっちゃうものなんでしょう」
 そうでもないから聞いているのだ。
「あ、それでも、さすがに奥様とはじめてのときは、すぐには駄目でしたけど、奥様の手で握っていただいたら、途端に元気になったんですよ」
 やはり、そうだ。恐らく、妻は「おれ」の体にも呪を施している。何をやったかわからないが、それによって「おれ」の体は精力絶倫になったらしい。小娘の異常なまでの性欲は、そのせいだろう。
 だったら、なおのこと早く体を元に戻してもらわないといけない。この状態で元の体に戻れば、おれが望んでいた25歳のときの体、いや、それ以上に絶倫の体になれるのだ。そうすれば、昨日、小娘がやったように、朝から晩まで秘書や妻を抱く事だって可能だ。それ以外の娘も、妻に呪さえ施してもらえば、怒りはしないだろう。
「どうしたんですか、旦那さま、顔が赤いですよ」
 おれが、そんな想像をしていると、小娘にそう指摘された。
「何か、いやらしいことでも考えていたんでしょ」
 いつの間にか、小娘は立ち上がって、おれの席の後ろまで来ていた。
「な、何だ?」
 おれは身の危険を感じて立ち上がる。
 だが、これがいけなかった。小娘は立ち上がったおれを、後ろから「おれ」の大きな腕を回して捕まえてしまった。
「は、離せ」
 おれはそう言って「おれ」の腕を振りほどこうとするが、びくともしない。体力に差がありすぎるのだ。
「あたしって、ちっちゃくって、かわいい」
 そう言って、小娘は、右腕でおれの体を服の上から触り出した。
「やめてくれ」
「胸がないのがちょっと残念だけど」
 小娘の手が、ほとんどふくらみのないおれの乳房を服の上から押した。
「あっ」
 その瞬間、軽く電気が走ったように感じて、思わず声が出た。
「あれ? どうしたんですか、今の声?」
「なんでもない。お前にべたべた触られて、驚いただけだ」
「ふうん。そうなんだ。――じゃあ、こっちは」
 今度は、小娘の大きな手が下に伸び、おれのスカートをめくり上げた。
「ひぁ」
 突然、股間から凄い衝撃が来た。
 一瞬、立っていられなくなった。
 バランスを崩して倒れそうになったところを、小娘の大きな腕で抱えられて、何とか転倒を免れた。
 何だ、これ? 急に体中が敏感になったような……。小娘に抱きかかえられたところが熱くなってきた。
「どうしたんですか、急に?」
「な、何でもない。ちょっと躓いただけだ」
「それにしては、顔が赤いですよ」
「何でもないって言ってるだろう」
「ひょっとして、あたしの体で感じちゃいました?」
「う、うるさい」
 図星だった。突然、小娘に胸や股間を触られて、おれの――女の体が興奮してしまったのだ。おれの体は女の反応をしてしまった。小娘にほんのちょっと触られただけなのに、股間が湿り、ふくらみかけの胸が尖り、体が熱くなっていた。
「仕事だ、仕事」
 おれは、必死に、目の前にある社長決済用の書類に集中する。駄目だ。体中が敏感になっている。
「これとこれ。まず、目を通せ」
 おれは、小娘がふんぞり返っている社長席に書類を投げた。そうしている間も体の興奮は収まってくれない。
「旦那さま、つらそうですよ。あたしが鎮めてあげてもいいんですよ」
「黙って、仕事しろ」
「本当につらかったら、『寝室』で休んでもいいですからね」
 本当はそうしたかった。ベッドに横になって、自分で小娘の――自分の体を弄ってみたくて仕方がなかった。
 だが、そんなことはできない。社長として、主人として、男として、そんな女のようなことはできなかった。そんなことをすれば、この「おれ」の姿をした小娘に屈するようで、もう2度と男としてのプライドを取り戻すことができそうになかった。


 結局、その日は夕方まで、秘書席で書類の山や敏感になった体と格闘して過ごした。
 重要な書類を小娘に渡して、その書類が意味するところを説明する。高卒の家政婦に取っては、難解極まりないものだと思うが、小娘は文句を言わずに、おれの説明に耳を傾けていた。秘書を呼ぶとか、お茶を飲むとか、そういったわがままを言い出すのではないかと思っていたが、そんなことも一切なかった。
 書類の山がなくなったところで、定時となった。その頃にはおれの体のうずきもようやく収まってくれた。 
「今日は、1日仕事したって感じでしたね。さあ、早く帰って、今夜は奥様を抱きまくりです。旦那さま、運転手さんを呼ぶように言ってもらえますか」
「運転手って、おれが運転するからいらないだろ」
「あれ。聞いてないんですか?」
「何をだ?」
「今日は、旦那さまの歓迎会ですよ」
「何だと」
「秘書課の皆さんが、新人秘書の旦那さまを歓迎してくれる会ですよ。社長のあたしがいたら、気を遣うから、あたしは先に帰りますね」
 呆然としていると、社長室に秘書室長が入ってきた。おれは、反射的に秘書席で小さくなる。
「社長。お車の用意ができました」
「ああ、ありがとう。それじゃ、おれは帰るから、後はみんなで楽しくやってくれ」
「ありがとうございます」
「あんまりいじめないでやってくれよ。あと、一応、未成年だから、酒は飲ませないようにな」
 小娘は、おれに「お姉さん方にかわいがってもらうんだぞ」と言い残して、会社を出て行ってしまった。
 なんだ、これは? 歓迎会だと? そんな話、一言も聞いていないぞ。そもそも、秘書室に、新人が来たからと言って、歓迎会をやるなんていう風習はない筈だ。
「それじゃ、みんな、行くわよ」
 秘書室長の号令で、秘書全員会社を後にする。どこに行くのか訊きたかったが、基本的に、おれは秘書たちとは話をしたくない。いつもは顎で使っている彼女たちに対して、下っ端の新人秘書として話すなんて、屈辱以外の何物でもないからだ。仕方がないので、おれは黙って秘書たちについていくしかなかった。
 タクシーに分乗して、近くにあるホテルへと向かった。高層階にある夜景の見えるレストランの一室が歓迎会場だった。名の知れたフレンチシェフの店だ。フルコースなら1人あたり数万円という価格だったと思う。
「室長、今日は豪勢ですね」
「ええ。今日は、秘書室の予算じゃなくて、社長の交際費から出てるから」
「そうなんだ。そりゃ、無尽蔵ね。だったら、帰りにワインの2、3本もお土産につけてもらおうよ」
 確かに、おれの交際費は、こうして飲み食いする分については、無尽蔵という額だが、それはあくまでおれの金だ。ワインの2、3本、持たせてやるぐらい、どうということはないが、それを決めるのはあくまでおれの判断であるべきだ。妻や、ましてや小娘が勝手に決めていいことではない。
「お土産なんて、荷物になるだけだから、ここで飲んじゃいましょ」
 ということで、秘書室による新人秘書の歓迎会が始まった。料理はフレンチのフルコースだったが、居酒屋のビールみたいなノリで高級ワインを注文していく。ウエイターがいちいち注ぎに来るのも面倒なので、適当に持って来させて、あとは自分たちで勝手に開けて飲んでいた。ただし、ここでは未成年ということになっているおれは、ワインではなくて、オレンジジュース。昼食で、小娘の「おれ」に付き合って肉を食わされたおれは、当然腹が減っているわけもなく、折角の高級フレンチも、前菜だけで腹いっぱいになってしまった。
 仕方がないので、おれは、オレンジジュースを舐めながら、秘書たちの会話を聞いている。
(こいつらって、こんなノリの奴らだっけ?)
 おれの前では、いつも有能で隙のない秘書、ただし、ベッドの上では少し乱れる女、というイメージだった秘書たちがワインをぐびぐびあおって、ぞんざいな話し方で喋っている。
「で、あんたは、どうやってあのエロ社長に見つかっちゃったわけ?」
 一応、おれの歓迎会なので、秘書たちがおれにあれこれ訊いてきて、鬱陶しい。しかし、面と向かってエロ社長とは。まあ、昨日今日の小娘の「おれ」を見ていると、的を射た意見なのだが。
「旦那さまのお屋敷に、住み込みでご奉公していて――」
 仕方がないので、そう答える。先週まではこの会社の社長をやってました、とは言える筈もないので、小娘として答えるしかない。
「聞いた、聞いた? 旦那さまだって。ご奉公だって。何、何、それで、あの野獣社長に迫られたわけ?」
「お屋敷ですよ、おねえさん。お屋敷で旦那さまから無体なことされたわけだよ、この娘は」
「よいではないか、よいではないか、とか言われた?」
「腰巻で独楽みたいに回ったんだ」
「あれーっ、とか言った?」
「すごいな、さすがはあのエロ社長。手当たり次第だな」
「でも、お屋敷でってことは、奥さんもいたんでしょ」
「奥さんは旅行中だとか言ってたじゃない」
「あんた、未成年だろ。これって犯罪じゃない?」
「セクハラで訴えれば勝てるよ」
「お姉さんに任せな。マンションの1つや2つふんだくれるから」
「いや、それで秘書にしたんだろう」
「おお、なるほど」
「もう、マンション買ってもらった?」
「あのオヤジ、意外とケチだから、吹っかけてやった方がいいよ」
「そのくせ見栄っ張りだから、高いもの買ってと言っても、嫌とは言わないしね」
 黙って聞いていると、おれのことをボロクソに言っている。そりゃあ、陰では、悪口の1つも言っているのだろうとは思っていたが、いつもは社長に対して従順に振舞っている秘書たちが、本人がいないところでは、こんなものかと愕然とする。
 おれにも言い分はあるので、反論したいのだが、今のこの姿では反論するわけにもいかない。第一、秘書たちが次から次へと喋るので、口を挟む余地すらない。
「で、あの野獣にやられちゃったわけか」
「ねえ、あんた、処女だった?」
「はじめてがあの野獣社長か。そりゃ、ご愁傷さま」
「そうだよね。最初があれじゃ、幻滅だよね」
「でもさ、あんた、気落ちしちゃ駄目だよ」
「そうそう。世の中の男が全部あんなんだとは思っちゃ駄目」
「ああいうのは、むしろ例外だから」
 何を言ってるんだ、こいつら?
「多分、あんたも、幻滅しちゃったと思うんだけど」
「男はもういい、とか、セックスなんて嫌だ、とか思ったでしょ」
「でも、そんなことないから」
「うまい男はほんと、うまいから」
「ちゃんと、気持ちよくさせてくれるんだよ」
 言いたいことが、いまひとつよくわからないが、秘書たちの意見が一致していることはよくわかる。
「あの、それって――」
 恐る恐る聞いてみた。
「要するにね」
 秘書室長がため息をついた。
「社長はセックスが下手だってこと」
 ええっ。そうなのか?
「でも、本人にそんなこと言っちゃ駄目よ。これも、仕事なんだから」
「高い給料貰ってるんだから、そこは割り切らないとね」
「そうそう。仕事。とは言え、やっぱりつらいよね」
「仕事はみんなつらいものよ」
 ちょっと待て、おれは、自分のセックスが下手だなんて、思ったことなかったぞ。第一、お前たち、おれに突かれて、いつも、色っぽい声を出してるじゃないか。
「いい。先輩としての忠告。社長とセックスするときはとにかく感じた振りをすること」
「声さえ出せば、喜ぶからね。あいつは」
「あたしも、ねえさんからその忠告聞いた。ねえさんに今まで教えてもらったことで、それが一番役に立ってるかな」
「秘書は、抱かれるのも仕事のうち」
「秘書の仕事は抱かれるの半分。感じた振りをするのが半分」
「名言だよね、それ」
 なんてことだ。じゃあ、いつも、おれの下で喘ぎ声を出しているのは、全部演技だというのか。
 おれは、秘書たちの衝撃の会話にうなだれる。
「あれ、この娘、しょぼんとしちゃったよ」
「仕方ないじゃん。あたしだって、社長が下手だって知ったときは、ショックだったもの」
「あたしも。秘書とやりまくっている若社長ってことだったから、テクニシャンを想像してたのに、はじめてやったときは、ショックだった。あれなら、高校の同級生の方がマシだと思ったもん」
「でも、なんで、あの社長、あんな下手なの?」
「回数は人並み以上にやってるんでしょ」
「なんていうか、自分本位なんだよね」
「そうそう。相手のこと、考えないっていうか」
「女なんて、おれのブツをぶち込めば感じるだろうって思ってるんだね」
「奥さん、かわいそう」
「あたしたちと違って、他の男と寝るわけにはいかないからね」
「げっ。一生、あいつだけに抱かれるの? 信じられない」
「他の男を知らずに過ごすなんて、奥さん、かわいそすぎ」
「ブツ自体は結構大きいのにねぇ」
「だから、なおさらなんだよ。あんなの、無理矢理突っ込まれてもね」
「そうそう。もうちょっと、女の身になってくれないと」
「無理無理。本当に女にでもならないとわからないって」
「いや、社長は女になっても、きっとわかんないよ」
 そこで、一同爆笑。もちろんおれは笑えない。引き攣った顔を伏せているのがやっとだった。
「でもさ、昨日はちょっと社長、違ったよね」
「あ、言えてる。感じるところを教えろ、とか言ってた」
「あたしも。あんなことはじめてだよね」
「ちょっとは心を入れ替えたんじゃない?」
「奥さんに言われたのかもね。下手くそって」
「そんなこと言われたら、逆ギレするタイプだよ」
「じゃあ、うまく操縦されてるんだよ。たまには違ったプレイがしたいって」
「プレイってほどじゃなかったじゃん」
「でも、昨日はちょっとがんばってたよね」
「下手なのは、相変わらずだけどさ」
「あ、でも、今日は結構よかったかも」
「えっ、マジ? あの社長で感じたりするの?」
「あんた、欲求不満なんじゃない」
「そんなことないって。昨日、今日と連チャンだったし」
「そう言えば、社長、最近、元気じゃない?」
「昨日は凄かったね。次から次へと」
「あれって、本当に全員とやってるの?」
「あたしはやったよ」
「あたしも」
「うん、やった」
「全員、やったんだ。こんなことなかったよね」
「1回やったら、ぐったりだったもんね」
「そうそう。1回やったら、当分ないなって、安心したもん」
「結婚してからは、月1ぐらいで、楽だったよね」
「でも、昨日みたいな感じだと、毎日、やられるよ」
「さすがに、毎日全員とやるのは無理でしょ。仕事あるから」
「でも、2日に1回ぐらいは回ってくるかも」
「ええっ。最悪だぁ」
「でも、今日みたいなのなら、ギリギリ許せるかな」
「はあ? あんた、ボーダー下げすぎなんじゃないの?」
「そうかなあ。でも、そんなに悪くなかったよ。今日は」
 おれは、秘書たちの話に、更に打ちのめされていた。これではまるで、おれのセックスが最悪で、昨日今日男になったばかりの小娘の方がまだマシだと言われているようなものではないか。
 冗談ではない。おれは、オレンジジュースのグラスを空ける。代わりを注文しようとしたが、面倒なので、隣においてあったワインを注いだ。もう、全員、完全に手酌でワインをぐびぐび飲んでいる。秘書たちがグラスを傾けると、高級ワインが一瞬にして消える。手品のようだ。おれも、秘書たちと同じようにグラスをぐいっと空けた。
「にがっ」
 飲んだ途端に、グラスを置いた。本来なら、舌の上で踊るような味がする筈の高級ワインだったが、苦いだけだった。どうやら、酒など飲んだことのない小娘の舌には、高級ワインも苦いだけのものらしい。
 口直しに、と思って、手近な料理を食べようと思うが、何だか、おかしい。フォークを伸ばそうとしたが、落としてしまった。
「あれ、ちょっと。あんた、どうしたの?」
 何だかふらふらする。目の前の景色が回りはじめた。
「しっかりしな」
「危ない!」
「ちょっと、誰、この子にお酒飲ませたのは……」
 おれの遠くなる意識の中で、秘書たちの慌てた声がかすかに響いていた。


「――う、うーん」
 気が付いたとき、おれは、どこかのベッドの上に寝かされていた。
 頭が痛い。
 たぶん、これは二日酔いの症状だ。「おれ」の体は酒に強かったので、こんなになったことはないが、この小娘の体は、ワイン1杯でこの有様か。
 おれは、寝転んだまま、首だけ動かしてあたりを見回してみる。
 いつもの屋敷の使用人部屋じゃない。広い部屋だった。豪華な調度品が目に入ったが、「おれ」と妻との寝室でもなかった。
「おねえさーん。この娘、起きたよ!」
 声の方向を見ると、一番若い秘書が大きな声で、何か言っていた。下着姿だった。大きな胸を包むブラジャーとショーツは、お揃いのピンクだった。
「ここは……」
 どこだ? と言いそうになるが、慌てて口を噤む。今の状況で、元々の「おれ」みたいに傲慢な口の利き方をするのは、避けた方がいい。まずは、状況を把握して、どうするべきか決める。おれは、痛む頭でそう考えた。
「さっきのホテルのスイート。今日はスイートでお泊り」
「スイート?」
 ホテルの高級レストランで散々飲み食いした挙句に、スイート泊まりか。豪遊だな。
「スイートルームのことね。知ってる? スイートルームのスイートって甘いって意味じゃないんだよ」
「そんなこと知ってるわよ」
 別の秘書の声が聞こえた。見ると、ぞろぞろと秘書たちが集まってきた。全員、レストランにいたときのスーツから、ガウン姿になっている。
「ねえさんに言ったんじゃないよ。この娘に言ったの」
「そのくらい、知ってるわよね」
 と、秘書室長がおれに向かって言ってきた。
「まだ高校出たばっかのお子様だよ。知らないって。あたしも、大学入るまで、『甘い部屋』だって思ってたんだから」
「そりゃあ、あんたが無知なだけ」
「失礼な。超難関を潜り抜けて、秘書採用になった才媛を捕まえて。おねえさんたちのときとは、倍率が全然違ったんだから」
「だったら、この娘はどうして秘書採用になったのさ? 倍率も何も関係なく、ある日突然」
「やっぱり、社長の隠し子なんじゃない?」
「だったら、手出さないでしょ。いくらあの野獣社長でも」
「じゃあ、妹とか」
「おんなじだよ」
「遠い親戚。従妹以上ならやっちゃってもいいんだよね」
「まあ、法律上はそうだけど、それを、ここまで、するかなぁ」
「でも、明らかに社長の趣味じゃないよね」
「まあ、そうだね。あたしは好きだけど」
「えっ、おねえさんも? 実は、あたしも、こういう可愛い子、タイプ」
「やっぱり、こういう貧乳で幼児体型の子には憧れるよねぇ」
「肩凝らなくていいよね、きっと」
「胸ちっちゃい方が感度いいって、本当なの?」
「あたしは、おっぱいでかくなってからの方が感じるけどな」
「それ、開発されただけだから」
「取りあえず、試してみようよ」
「そうだね」
「うんうん」
 ベッドに寝転がるおれを見下ろす4人の女の目が一斉にきらりと光った。こ、こいつら、怖い。
 秘書たちが一斉にガウンを脱いで、下着姿になった。逃げないと、何されるかわからないが、完全に囲まれてしまって、動こうにも動けない。
「あれ、怖がってるよ」
「大丈夫。痛いことはしないから」
「や、やめて……」
 なんとか、声に出して言う。弱々しい女の声しか出ない。
「やめてと言われても」
「奥様のご命令だからね」
「逆らうわけにはいかないの」
 妻の命令? あいつ、秘書たちに何を命令したんだ?
「ほんと、怖がらなくてもいいんだよ」
「やっぱり、あいつに無理矢理やられたのがトラウマなんじゃない?」
「あたしら、あんな野獣とは違うから」
「そうそう。ちゃんとやさしくしてあげる」
「女の子の体が気持ちいいってことを教えてあげるだけだから」
「だから、おねえさんたちを信頼して」
 そう言って秘書たちは、おれの体にかかっているシーツを捲り上げた。おれは、咄嗟に両足を合わせ、胸を隠す。そのとき、初めて、おれが下着もすべて剥ぎ取られていることに気付いた。
「それじゃ、最初はあたしが」
 秘書室長がおれの顔に覆いかぶさる。
「んんっ」
 いきなり、秘書室長に唇を奪われた。こいつの唇を奪ったことは無数にあるが、奪われたのは初めてだ。
 舌を入れられた瞬間から、おれの中で何かか融けはじめた。
「おねえさん、ずるいっ」
 若い声がして、右の胸を触られた。
「ちっちゃいな、この胸」
「でも、かわいいじゃない。こういうの大好き」
 今度は、左胸をいきなり、吸われた。おれのちいさな乳首が舌で転がされる。
「肌は赤ちゃんみたいにすべすべだし。やっぱり、若い娘はいいな」
 おなかから、太ももにかけて執拗に撫で回される。
「あんっ」
 思わず声が出た。
「あっ、この娘、感じてるよ」
「そりゃ、あたしのテクニックだもん」
「ええっ、あたしだって」
「んんっ、んっ」
 おれが不用意に漏らした喘ぎ声が秘書たちに火を点けた。体のあちこちから一斉に刺激が来る。
(なんだ、これは?)
 昨日、「おれ」に無理矢理抱かれたときとは、全然違う。何だか、熱いものが体の中から湧き上がってくるようだ。
「ほらほら、感じてるんでしょ。もっと声出していいのよ」
 そう言われるが、おれは、2度とあんな女の喘ぎ声なんて出すものかと、必死でこらえている。
「恥ずかしいの? 恥ずかしいんだ。恥ずかしいから、声出したくないんだ」
 やめろ。何だ、この刺激は。こんな刺激、はじめて――。頭が変になる。
「な……何、これ」
「感じてる? これが女の子の感じだよ」
「女の子…」
 体中の刺激が、段々強くなり、何も、考えられなくなる。
「みんなであんたを感じさせてるの。ほら、気持ちよくなってきたでしょ」
「ああ……」
 体が熱い。変になりそう。
 ――でも、嫌じゃない、この感じ。
「女の子って、こんなに気持ちいいんだよ」
「きもち、いい……」
「そう。気持ちいいときは、声出していいから」
 そうなんだ。きもち、いい。
「ひゃああっ!」
 股間への刺激で、突然声が出た。
「うわっ、何、急に」
「ひゃんっ、ひゃんっ、ひゃあああっ」
 だめだ。すごい。声が、止まらない――。
「はうん、はうん。はあ、はあ」
「凄いよ、この娘。もう、ヌレヌレ」
「ひゃうん! あうん。んああぁっ!」
「かわいい顔して、とんでもない淫乱娘なんじゃ……」
「社長もそこが……」
「……」
 だめっ。感じて、感じて、感じすぎっ。
 秘書たちが何か言っている。でも、もう何も聞こえない。
 そんなのどうでもいい。
 あっ。あっ。あああぁっ!


 翌日は、ホテルから秘書5人が揃って出勤した。その中の1人――しかも一番の下っ端が、おれだということで、またも凹む。
 他の秘書たちと一緒なので、おれは、朝の8時半には出社する羽目になった。最近は、10時頃やってくるのが常だったので、こんな時間に来たことはない。
 定時は9時なので、まだ閑散とするオフィスで、秘書室長の指示の元、今日の仕事の事前作業をやっておく。と言っても、スケジュールや報告文書の確認、他部署への連絡といった仕事は、他の秘書がやるので、新米秘書のおれに割り振られたのは、プリンターの用紙を補充したり、新聞をバインドしたり、花瓶の花を替えたりというような雑事だけ。それでも、慣れない仕事で何度か失敗したが、秘書たちの目は恐れていたほど冷たくない。
「いいよ、いいよ。あの社長、花なんて見てないから、何か挿してあれば、それでOKだから」
「あっ、その新聞、反対だから。ちゃんと向き揃えてあげてね」
「A4用紙はどこかって? よしよし、おねえさんがやさしくおしえてあげやう」
 昨日まで、おれのことを睨んでいたとは思えないぐらい、秘書たちのおれに対する態度がフレンドリーになっている。いや、フレンドリーというより、妹扱いというか、子ども扱いされているような気がする。そう言えば、今朝も、妻があらかじめ用意していたという何種類かのスーツを順番に着せられて、「かわいい」とか言われていた。服を選んでいる間にメイクをされたときも、秘書たち全員で「あたしがやる」と化粧道具の奪い合いだった。
 結局、おれが今着ている服は、淡いピンクのワンピース。かわいらしいフリルがいっぱいついてて、パンツが見えそうなくらい裾の短い奴。最終的には、満場一致でこれを着せられた。理由を聞いたら、秘書たちは口を揃えて「一番かわいいから」と言いやがった。
 当然、仕事に着ていくような服ではないが、今日は外出の予定も他の部署との会議もないから、問題なしだと言われた。おれは、スーツ姿の秘書たちの中、ひとりだけ、おめかしして遊びにいく中学生みたいな格好で会社に連れてこられたのだった。
 定時になったが、当然小娘の「おれ」はまだ来ない。先に社長室に入って仕事をしていようと思ったが、「先輩」の秘書たちに「お仕事教えてあげるから」と言って止められた。実際には、仕事の話など何一つなく、昨夜のことについて感想を聞かれてばかりだったのだが。
 結局、昨夜は夜遅くまで秘書たちにおもちゃにされた。おれは、秘書たちの指や口で小娘の体のあらゆるところを責められ、何度も絶頂に達してしまった。
 今朝も、無理矢理秘書室の末席に座らされた。一番離れた席からわざわざ秘書室長がやってきて、おれに質問を浴びせる。
「どう? 昨夜の感想は?」
「は、はい……」
 そんなことを訊かれても、何と答えたらいいのやら。
「気持ちよかったでしょ。あれが女の子の快感。今まで、あんなに感じたことなんて、なかったんじゃない?」
「え? あの……」
「隠したって、わかるよ。あたしら、みんな見ちゃったもんね。この清楚な美少女が悶え、喘ぐ様を」
「3回はイッたよね。凄いじゃん、あたし、18歳の頃に、あんなイッたことなんて、なかったよ」
「このあたりは才能だね。ひょっとしたら、社長はこの才能を見抜いたのかも」
 言いたい放題言われて、小娘の姿のおれは、顔を真っ赤にして俯いているしかない。
 確かに、昨日は、秘書たちの手でイカされまくりだった。おれは、今更ながらに、調査会社の男が言っていたことを思い出していた。この小娘の体、男を知ったら、感じやすく、ベッドの上で乱れまくるという淫乱な女になる筈だと。それを聞いたときには、そんなことはあるまい、と思っていたが、昨夜のおれの乱れ振りからすると、それも的外れではないような気がした。
 それとも、あるいは――。
「やっぱり、これは反則だよね」
「女のあたしたちでもやばいんだから、男なんかイチコロね」
「まったく。それも、わざとじゃなくて、天然なのが、反則だよ」
 なにやらおれについて言われているみたいなので、顔を上げる。気が付くと、おれの席を取り囲むようにしていた秘書たちは、立ち上がって、おれの方を見ていた。
「だ、だめ。そんなうるうるした目であたしを見ないで」
「かわいい。かわいすぎ」
「こんな目で見られたら、おねえさん、サラ金で借金してでも、あんたを買い取っちゃうよ」
「あたし、もう、我慢できない。『寝室』に連れ込んで、またやっちゃおう」
「でも、もうすぐ社長が来る時間」
「じゃあ、あんた見張りでここに残ってて」
「なんで、あたしが?」
「こういうのは、一番若い子が留守番って決まってるんだよ」
 秘書たちはやる気満々という感じで、目をギラギラさせている。ヤバイ。昨夜と同じ目だ。おれは、椅子に座ったまま、わずかに後ずさった。
 そのとき、秘書室長のデスクの電話が鳴った。
「みなさん、残念でした。社長のお着きよ」
「ちっ。間の悪い」
「あーあ。仕事、仕事」
「ねぇ、今夜、仕事終わったら、あたしんちおいでよ」
「こらっ。抜け駆けするんじゃない」
 何だか、おれは秘書たち全員から狙われているみたいだ。昨日までの敵意に満ちた目も怖いが、今日のような獲物を見るような目の方がもっと怖い。
 しばらくして、「おれ」が秘書室に入ってきた。
「おはようございます」
 秘書たちがいつものように一斉に立ち上がってあいさつする。小娘の姿をしたおれも、一緒になって頭を下げざるを得ない。
 小娘の「おれ」は、舐め回すような目でおれたちを見た。今日は、どの女を抱こうかと値踏みしている目だ。おそらく、かつてのおれも、こんな目で秘書たちを見ていたのだろう。だが、この会社の暴君である「おれ」にどんな目で見られようと、それに逆らえる秘書はいない。
 実際、おれは、傲慢に振舞う「おれ」に威圧感を感じていた。小娘の「おれ」と目が合ったとき、おれは思わず目を伏せて俯いてしまった。一呼吸して顔を上げたときには、「おれ」は、秘書室長からスケジュール表を受け取るところで、そのまま社長室へ消えていった。
 あ、あいつ、おれを呼ばずにひとりで社長室に入っていきやがった。
 そう思ったが、咄嗟に足が動かなかった。しばらくして、抗議のために社長室に入っていこうかと思って立ち上がりかけたところで、隣の電話が鳴った。2番目に若い秘書が電話を取る。
「はい。わかりました。今行きます」
 小娘の「おれ」が呼んだのだ。
「それじゃ、お仕事行ってきまーす」
「抱えてる仕事はない?」
 秘書室長が確認する。秘書に取って、もっとも重要な仕事は「おれ」に抱かれることだから、他のどんな仕事よりも優先されるのだ。他の仕事は引き継いでおかないといけない。
「あ、お昼にみんなでステーキでも食べに行こうって言ってた」
「わかった。予約しとくわ」
 今日もまた肉かよ、と思ったが、社長命令ということであれば仕方がない。秘書たちは、嬉しそうな顔をしてついていくしかない。結局、ステーキ屋のランチの予約までおれがやらされた。
 特にやることもなく、秘書室で時間を潰した。本当は、社長宛のメールに目を通さないといけないのだが、社長室には入れない。「おれ」の許しがない限り、誰も社長室には入れないというのが、この会社での絶対のルールだった。
 ほとんど昼休み近くになって、ようやく社長室から秘書が出てきた。代わりに、小娘の名前が呼ばれる。おれは、ようやく社長室に入ることができた。
「どういうつもりだ。午前中、何もできなかったじゃないか」
 社長室に入るなり、社長席でふんぞり返っている小娘に噛み付いた。
「だって、秘書さん見たら、ムラッときちゃったんだもん。旦那さまだって、わかるでしょ。その気持ち」
「まずは仕事が先だろうが」
 そう言って、社長席から小娘をどかしてパソコンに入ったメールを確認する。
「重役から至急の判断を求めるのが2件もあるじゃないか」
 おれは、重役に指示するメールを返信する。指示だけでなく、命令を文書化するよう秘書にも指示をしておく。そうこうしているうちにも、新しいメールが次々に入る。大半は単なる報告メールだが、気になるものについては、秘書を通じてより詳細な報告を求めておく。
「取りあえずは、これで一段落だ」
「よかった。じゃあ午後は秘書さんたちとお勉強できますね」
「一段落したのは、メールだけだ。決済書類は山のように溜まっている」
 そう言って、おれは、社長席の未決箱に積み上げられた書類を指差した。
「きのう終わったばかりじゃないですか。なんで半日でこんなに溜まるんですか?」
「社長というのは、そういうものだ」
 特に、この会社の場合、おれの承認なしでは何も決められないことになっているので、必然的に決済書類が山のように回ってくることになる。実際には、秘書たちがおれがいちいち目を通す必要のないようなものは仕分けしておいて、社長印を押すだけになっているのだが、この小娘には、全部目を通させるようにしよう。とにかく、一刻も早く根を上げさせて、元に戻してくれと泣きついてくるように仕向けなければならない。
「はあ。仕方がないですね。がんばって仕事しましょう。その方が夕御飯のときのビールがおいしいですからね」
「ビールまで飲んでいるのか?」
「あんなに頑張ってお仕事したんですよ。ビールぐらい当たり前じゃないですか。仕事の後のビールって、ほんと、おいしいんですね」
 それは確かにその通りだと思うのだが、この小娘の体は、アルコールを受け付けない体らしい。不公平なことこの上ない。
「それより、昨夜はどうだったんですか? 秘書さんたちとお泊りだったんでしょ」
「ワイン1杯飲んだだけで酔い潰れたんだぞ。気が付いたらベッドの上だった」
「それだけ?」
「それだけだ」
 小娘が「おれ」の顔でニヤリと笑う。
「またあ。秘書さんたちと楽しんだくせに」
「この体でどうやって楽しめと言うんだ」
「聞きましたよ。秘書さんたちと何やってたか。あたしの体を満喫してたって」
 恐らく、秘書たちから妻に連絡が行き、その情報が小娘に回ってきたのだろう。あるいは、秘書から直接「社長」に報告が入ったのかもしれない。
 どっちにしても、昨日、ホテルで行なわれたことについては、隠し立てしても意味がないということだ。
「秘書たちに一方的にやられただけだ」
「へぇ、そうなんだ。で、あたしの体、どうでした? 気持ちよかった?」
「うるさい! 自分の体なら、わかるだろう」
「でも、あたしは、その体では何もしたことないんですよ。――あ、でも、旦那さまの体は満喫していますよ。昨日も奥様と夜遅くまで何度も何度も……」
「黙れ!」
 おれは、大声を出して、立ち上がった。俺の甲高いヒステリックな声が響くと、小娘は、急に真剣な顔になって、おれを睨んだ。
「だ、黙って仕事しろ」
 おれは、小娘と目を合わせないでそう言った。小娘の目を見ていたら、威圧されてひれ伏してしまいそうで怖かった。
「はいはい。仕事しますよ。社長の義務ですもんね。次は、どの書類に目を通せばいいですか? さっさと渡してください」
「なっ、何を――」
「ほら、こんなにたまっているんだから、どんどん渡してくれないと、いつまでたっても、終わりませんよ」
 おれは、仕方なく、席を立って、小娘の机の前にある未決の書類に目を通し始めた。重要度によって書類を分類して、重要度の高いものは社長席でふんぞりかえっている小娘に向かって放り投げた。
「何投げてるんですか。書類の内容をちゃんと説明してくれなきゃ駄目じゃないですか」
 小娘は、「おれ」の声を荒げて見せた。それだけで、おけの体は反射的に竦んでしまう。
 おれは、ふんぞり返っている小娘の前に立って、書類の内容を説明し始めた。端から見れば、完全に「社長とその秘書」という構図だったが、おれは、その状況に甘んじるしかなかった。
 おれは、心のどこかで、小娘の機嫌を損なえば、目の前にいるこの屈強な男に何をされるかわからないという恐怖を感じていた。いや。それ以前に、おれは、この小娘の持っている威厳の前に、無意識のうちに屈服してしまっていたのかもしれない。
 おれと小娘が体を入れ替えられたのは、ほんの4日ほど前のことだった。
 そのときは、入れ替えられたのは姿形だけ。おれと小娘の立場が変わったわけではなかった。小娘の姿をしていても、おれはこの小娘の「旦那さま」だった。
 だが、たった4日のうちに、おれと小娘の関係までもが入れ替わりはじめていた。
 おれは、小娘の前では平伏するしかない使用人に、立場まで入れ替えられつつあった。

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》 - ジャンル : 小説・文学

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