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xxxy 11

 1ヶ月が過ぎた。
 東京は8月である。
 おれは、猛暑の中、得意先を駆けずり回っていた。最近は、残業も日常茶飯事。得意先にはどやされるし、上司にはなじられる。すっかり、1年前のおれに戻っていた。
 双葉のおれの方は――まあ、何とかやっている。園子さんが去った後も、何とか生活のリズムを崩さずに規則正しい生活を送っていた。
 園子さんはいなくなったけど、相変わらず朝は夫と一緒に食事をしている。もちろん、おれは園子さんみたいに料理はできないので、ほとんどはトーストとコーヒー。おれは、砂糖2杯のミルクティー。ジャムを塗りすぎてはいけないと、毎日のように夫から注意される。トーストだけでは味気ないので、下のスーパーでパックのサラダか何かを買っておいて、付け合せにして食べている。本当は、卵ぐらい焼けるといいのだが、おれは、キッチンに立つことは禁止なので、皿を出してきて、トーストを載せるだけ。皿も園子さんと一緒のときに、落として割ってしまった前科があるから、ガラスや陶器のものは使わずに、プラスチックのものがほとんど。使った食器は、水を入れたポリバケツの中に沈めておいて、週に2度やってくる通いの家政婦さんに洗ってもらう。洗うといっても、食器洗い機にかけて、水を切って、元の場所に戻すだけなのだが、それさえもおれにはやらせてもらえない。掃除や洗濯も、全部通いの家政婦さんにお願いしていた。
 目覚まし時計は、夫に聞こえないように振動式の腕時計タイプのものを使っている。一旦、目が覚めてしまえば、その時点で会社のおれとつながる。頭はすぐに動き出すため、二度寝して寝坊、という心配はない。このあたりは、体が2つあると便利なところだ。
 朝起きたら、シャワーを浴びて、化粧をして、洋服に着替えて、というのは、園子さんがいなくても、変わらない。疲れている夫を少しでも長く寝させてあげて、起きたときからきれいなおれを見せてあげようと、毎日努力しているのだ。ちなみに、朝のおれは、夫の好みを反映して、かわいくてスカート短い系の洋服を着ることが多い。短いスカートからにゅっと伸びるきれいな脚は、自分のものだというのに、いつもおれをどぎまぎさせる。そんな風に、折角気合を入れた格好をしているのに、夫が寝ぼけ眼でろくに見てくれないというときもあって、ちょっと悲しい。そんなときは、夫が出掛けた後に、ひとりファッションショーをするしかない。自分の姿を鏡に映してみて、こんなにかわいいのに夫はどこが不満なのかと自問自答する。時には、鏡に映ったおれのあまりのかわいさに、テンションがハイになって、そのまま外出してしまったこともあるが、必ずと言っていいほど、途中で自分の格好が恥ずかしくなって、後悔する。朝、夫の前で着る服は、基本的には観賞用であって、外出には向かないような服なのだ。
 おれは、夫がちゃんと見てくれなかったような服は、夫の前では2度と着ないようにしている。女の意地という奴だ。夫が出張でいないときに、そんな服をひとりで着て楽しむこともある。なぜなんだ。こんなにかわいいのに、と思いながら。
 下のスポーツクラブには今でも1日置きに通っている。相変わらず、ランニングマシンと水中歩行のメニューだったが、少しずつ時間が長くなっている。体力のついた証拠だ。おかげで、クラブに行かない日には、外出もするようになった。少なくとも、遠出をしなければ、電車でうちまで帰ってくるぐらいの体力はできたと思う。
 ひとりで出歩くのにも、慣れた。と言っても、元々のおれとつながっているときに限るのだけれども。切断された状態で出歩く勇気は、おれにはない。どこへ行っても、(特に男から)ジロジロ見られるのには戸惑うが、まあ、これも仕方がない。誰も見てくれない女になってはおしまいだ、と自分を納得させている。それでも、この時期、薄着にならざるを得ないし、必然的に胸が強調された服になってしまいがちなので、男の視線が余計に気になるようになっていた。
 最近は、胸の谷間が見えそうな服を着ている若い女の子をよく見掛ける。自分の胸に自信を持っているから、あんな格好ができるのだろうが、おれには絶対無理だ。もちろん、おれは自分の胸には自信を持っているし、そんな服を自分で着てみて、鏡に映った自分の姿を楽しんだりもするのだけど、それは、あくまで自分で楽しむためのもの。夫に見てもらうためのものであって、やっぱり、見知らぬ男に胸をジロジロ見られるのは、恥ずかしくて堪らない。男だけではなく、おれの胸を睨む女性の敵意に満ちた視線も、痛い。
 結局、おれは外出すると、男からも女からも、熱い視線を浴びせられている。もしも、視線に本当に熱があったら、おれはあっという間に焼け死んでしまっていただろう。

 朝、おれは夫の車で一緒に出掛けて、夫の会社の近くにあるカフェで朝食を食べることもある。大体、週に1度ぐらいはそういう日があるだろうか。基本的に、それは、夫がおれの服装を気に入ったということらしい。どうやら、夫が、気に入った格好のおれと少しでも長い時間一緒にいたいために。おれを連れて出掛けるようだ。夫が気に入るのは、色が派手でスカートの短い服装なので、食事の後、夫と別れて、電車でマンションまで戻ってくるのは、恥ずかしくて堪らないのだが、夫の会社の近くにあるカフェのデザートが甘くて絶品なので、おれはそれに釣られてついついセクシーな格好で出掛けてしまっている。
 1度だけ、おれがレモンイエローで超ミニのワンピース(それも、胸が開いて谷間が見えそうなやつ)を着ていたときには、カフェで一緒に朝食を取るだけでは飽き足らず、会社にまで連れて行かれた。結局、そのまま夕方近くまで専務室(最近作ってもらったらしい)に留め置かれたので、余程このときのおれの姿がお気に召したのだろう。一応、おれはこの会社の取締役なので、会社にいてもおかしくはないのだが、役員の服装としては、これはどうかと思う。かわいくて超セクシーなのは間違いないが、正直言って、馬鹿っぽい。他社の人間に「これがうちの取締役です」と紹介したいとは、誰も思わないだろう。
 会社にいても、別段やることはないので、取りあえず、社長と副社長には挨拶をしておいた。夫と共にこの会社を創業した盟友だが、いつまでも良好な関係が続くとは限らない。実際、他の2人が社長と副社長なのに、夫は専務。ほとんど夫の資金で始めた会社なのに、今では夫の持ち株比率が一番低い。妻としては、夫がこれ以上不利な立場にならないように、普段から心を砕いておかなくてはならない。
 社長も副社長も、双葉を見るのははじめてではない筈だが、2人とも、おれの姿を見た途端、動きがぴたりと止まった。まあ、この日のおれの姿だったら、当然だろう。
「夫がいつもお世話になっています」
 そう言って頭を下げたときには、おれの胸の谷間が見えてた筈だ。サービス、サービス。社長はラッキーとばかりに、谷間をしっかりと見つめていたが、副社長の方は、そ知らぬ顔で視線を外したのが、2人の性格の違いだろうか。社長には、今夜の予定はすべてキャンセルするから、一緒に食事に行こうと誘われた。夫も同席していた場での言葉だったので、冗談だとは思うが、あとで聞いたら、有名なプレイボーイだということだ。無論、当たり障りのない言葉で断っておいたが。
 結局のところ、この日の夫はおれを会社の人間に見せびらかしたかったようだ。とにかく、大した用もないのにやたらと専務室に部下を呼ぶのだ。呼ばれた部下たちも、突然やってきた上司の妻、しかも、妙に露出度の高い格好をした若くて美貌の取締役に対して、どう対処したらいいか、わからないらしかった。おれの方も、何を話していいかわからなかったので、手掛けている仕事の内容などについて、適当に質問してみた。これでも、一通り、会社の内部資料には目を通しているので、会社の業務については、全くの門外漢というわけでもない。名ばかりとは言え取締役なので、おれの元にはいろんな資料が送られてくるし、家のパソコンから、会社のサーバーのセキュリティがかかった部分にもアクセスできる権限があるのだ。資料を読んではみたが、よくわからなかったことをこの機に質問してみた。やってきた部下たちは、ただのお飾りだと思っていた取締役が、会社のことに意外と詳しいので、一様に驚いていたようだ。まあ、おれのいかにも馬鹿っぽい外見からも、仕事の話ができるとは思わなかったに違いない。
 そのことに一番、驚いていたのは、夫だった。
「双葉。会社のこと、どうしてそんなに知ってるの?」
 おれは、しまったと思ったが、もう遅い。何人もの夫の部下たちと、会社の業務について、得意気に語り合ってしまった後だった。いくらなんでも、双葉が、会社の業務レベルの話をするというのは、やりすぎたと後悔する。
「だって、双葉も取締役なんでしょ。お給料もらってるんだから、ちょっとぐらい会社のことも知ってなきゃ、と思って、いろんな資料とか見て、勉強したんだよ」
 おれは、そう言って、何とか言い繕おうとする。
「でも、双葉には難しすぎるだろ。漢字にふりがなも振ってないし」
「最近は、双葉も新聞読んだりして勉強してるんだから。漢字ぐらい読めるようになったんだよ。それに、わからないところは、園子さんに聞いたりしてるし」
「園子さん?」
 あ。言い繕うために、思わず、園子さんの名前を出しちゃったけど、失敗だったかな、これ。園子さんに問い合わせられたら、そんなことしてないことがすぐにばれちゃう。
「双葉」
 夫が真面目な顔をして、言った。まずい。何か、不審に思われちゃっただろうか。
「前にも説明したことなんだけど、会社の資料のほとんどは、社外秘っていって、会社の関係者以外には見せちゃいけないものなんだよ」
 ああ、そうだった。送られてくる資料にも必ず最初にそのことが書いてあったっけ。ということは、園子さんに教えてもらったなんてことは、ハナから成り立たないような話なんだ。だったら、もっと別の理由を考えないと――。
「双葉が園子さんを信頼しているのはわかるけど、一応、会社とは無関係な人なんだから、社外秘の資料を見せたり、その内容を話したりしちゃ、駄目だぞ」
 え? ――あ、そうか。夫は、おれが馬鹿だから、社外秘扱いのことなんて忘れて、なんでもかんでも園子さんに話して、教えてもらったって思っているんだ。なんか、夫に馬鹿だと思われるのは悔しいけど、これは却って好都合かも。ならば、双葉の馬鹿っぷりをもうちょっとアピールして、おれが難しい会社のことまで知っていることに対する不審を払拭しておこう。
「だって、園子さんはいい人だよ」
「いい人でも駄目なの」
「双葉の師匠でも?」
「何だい、その師匠ってのは?」
 おっ、食いついてくれた。
「双葉ね、これから園子さんみたいな女性になりたいなって思うの。だって、園子さん、お化粧とかお肌のお手入れとか、凄いんだよ。ファッションセンスも抜群だし。だから、双葉、園子さんに弟子入りしてたの」
「弟子入りねぇ」
「それに園子さん、仕事もできる女でしょ。双葉もそんな風になりたいんだけど、双葉、お仕事してないじゃない。だったら、せめて、ダーリンのお仕事をお手伝いできるようになりたいなって。だから、一生懸命勉強したんだよ。園子さんにもいっぱい質問して」
「だから、園子さんに訊くのは駄目なんだって」
「そうなんだ――」
 おれは、下を向いて、小さくなる。取りあえず、これで納得してくれたかな、と思って、夫の方をちらりと見ると、夫は小さく咳払いをした。
「これから、会社のことで聞きたいことがあったら、ぼくに質問しなさい」
「でも、ダーリン、忙しいんでしょ。出張でいないときもあるし」
 おれは、わざと拗ねたように横を向いてぼそりと言った。
「忙しくてもいいから。そうだ。ぼくがいないときは、部下の誰かに、質問に答えてもらうように話をしておくよ」
「ほんと?」
 結局、おれが会社のことに詳しすぎるということについては、何とかごまかせたようだ。ついでに、夫や会社の人間から、会社のことについていろいろ教えてもらう言質を得た。
 おれの半分、元々のおれの方は、入院前と同じように、相変わらず会社でこき使われているわけなので、もう半分、双葉のおれの方は、のんびりと優雅にセレブ妻ライフを楽しむ、というのでもいいのだが、さすがに仕事も何もしないのでは、退屈だ。不思議なもので、どんなに元々のおれの方が忙しくても、双葉のおれが暇だと、双葉のおれとして、退屈に感じるのだ。どちらか一方が満腹でも、もう片方が何も食べていないと、そちらは空腹を感じるのと同じことなのだろう。
 おれは、折角そこそこの株主になって、名前だけとは言え、取締役という地位にいるのだから、少しでも会社の経営に参加してみたいと思うようになっている。おれだって、まがりなりにもサラリーマンとして20年間生きてきたのだ。食品卸と旅行代理店という業種の違いはあるが、会社というものがどのようなものかということぐらいは理解しているつもりだ。表立って経営に口を出すつもりはないが、夫の相談相手というか、話し相手、せめて、愚痴をこぼす相手ぐらいにはなりたいと思う。特に、社内での夫の立場を考えた場合、おれが役員という立場をちゃんと使えれば、少なくとも、社内に夫の味方が1人はいることになる。もちろん、夫がそんな苦しい立場に追い込まれないように、社長や副社長とも、普段から親密にしておいた方がいい。今日だって、恥ずかしい格好を我慢して挨拶に行き、谷間を見せるサービスまでしてやったのはそのためだ。
 というわけで、おれは夫の会社(取締役なのだから、おれの会社でもあるのだが)に1度だけ行った。そのうちまた連れて行ってもらおうと思っている。今度はちゃんとしたレディーススーツで決めて行ってやろうと、おれは、今から着ていく服のことを考えている。

 そんなわけで、こういうイレギュラーな日もあるにはあったが、それ以外は、平穏無事に日々が過ぎていく。
 毎日9時前に起きて、夕方の6時前には寝る。園子さんがいたときよりも、ほんの少し起きるのが遅くなった。夫が帰ってくる頃には、おれは15時間睡眠の真っ只中。
 ということで、園子さんがいなくなったことと、病院に行かなくなったこと以外、おれの生活はあまり変わっていなかった。おれ自身も、以前のまま――。
 ――。
 ……というのは、嘘。
 確かに、表面的には、あまり変わっていないように見えるかもしれない。だが、内面的には、もう全然違う。まるっきり、別。
 何が変わったかというと……。そう。
 おれは、女になった――ということか。

 処女を失った女は変わる、という。
 本当かどうかは知らないが、少なくとも、おれにはぴったりと当てはまる言葉だった。
 もちろん、双葉の体は処女ではなかったのだが、おれは、精神的には間違いなく処女だった。双葉の体で自慰に耽ることも、園子さんとレズることもしているくせに、夫のペニスが自分の中に入ってくることだけは、どうしても耐えられなかったのだ。このあたりは、まるっきり、「処女」そのものだった。
 おれは、体は性体験豊富で充分開発もされているのに、中身は女性としての人生経験が1年弱。入院している時期や膨大な睡眠時間を考慮したら、女として過ごした時間は実質2ヶ月程度という「処女」だったのだ。そんな人間が、夫との初セックスで、いきなり絶頂を何度も経験して、女の体でのセックスの素晴らしさを満喫してしまったのだから、さあ大変。正直言って、おれは女としてのセックスの虜となってしまっていた。
 あの「はじめて」の日から数日の間、おれの――双葉の脳は、ピンク色に染まりっばなしだった。
 風呂に入るときや、シャワーを浴びるときなど、双葉のおれが裸になったときには、必ず夫とのセックスを思い出してしまう。覚醒した双葉の脳は、夫とのセックスを細部にわたるまで完璧に記憶している。もちろん、そのときおれが感じた快感も。そうなると、おれの体は熱く疼き出し、立っていることさえできなくなる。あのときの快感をもう一度味わいたくて、おれは、胸を揉み、乳首をつまみ、股間に手をやり、溢れ出た愛液の中に指を突っ込んだ。
 風呂やシャワーのときだけならば、まだいい。歩いているときのちょっとした胸の揺れ、不用意に手を動かしたときに偶然触れる乳首、トイレに入って紙を当てたときの感触。そんな物にもいちいち反応していまい、おれは夫に抱かれたくて仕方がなくなるのだ。はじめて夫とセックスした翌日などは、昼過ぎまで寝ていたため、6時間しか起きていなかったのにも関わらず、体の疼きに耐えかねて、7回もオナニーしてしまった。1時間に1回以上だから、ほとんど起きている間中ずっと自慰に耽っていたと言ってもいい。
 その間、双葉の脳がセックスの記憶を再生しながらオナニーに耽るたびに、元々のおれは股間を膨らませてしまう。会社のトイレに頻繁に駆け込んでいたため、上司からは下痢と勘違いされた。実際、夕方からは、おれは、トイレの個室に籠もりっぱなし。双葉の方も風呂場で自慰に耽りっぱなしで、結局、その日は双葉が眠くなって寝てしまうまで、その状態だった。
 夫は、出張に出ていて、この日の夜から3日ほど帰らない。ということで、翌日は、双葉としてはやりたい放題の1日。元々のおれは、それを見越して、この日は会社を休むことにした。もちろん、無給の欠勤扱いだが仕方がない。前日の双葉の状態を考えれば、会社に行ってもまともに仕事ができるような状態ではないのは明らかだったし、何か、取り返しのつかないことをしでかしてしまいそうで、怖かった。
 朝9時に双葉のおれが起きると、いきなりオナニーを始めてしまった。寝返りを打ったときに、大きな胸がぶるんと揺れて、それで一気に体が疼き出してしまったのだ。
 双葉のおれがオナニーを始めると、元々のおれの方も、今日は会社でなくて自宅だから、我慢する必要はない。勃起したペニスをしごいてやると、今度はそれに双葉のおれが反応した。
(それ、欲しい!)
 おれは、おれのペニスを自分の中に入れたくて仕方がない。処女でなくなったおれは、ペニスが与えてくれる快感を知ってしまったのだ。でも、それは適わないので、ペニスの代わりに指を入れる。
「ああんんっ」
 おれは、艶かしいよがり声を上げて体を揺すると、Gカップのバストがぶるんと揺れる。それを感じた元々のおれは、ペニスをいきり立たせる。
 女のおれの体に男のおれの体が反応し、それを見た女のおれの体が燃え上がる。それを感じた男のおれが再びいきり立つ……。
 男のおれと女のおれが交互に絶頂を迎える。この繰り返しが昼過ぎまで延々と続いた。
 双葉のおれは、自分の欲情を制御することができなかった。双葉の体はとんでもなく敏感で、感じやすい体だ。
 ――というのは、あくまで、おれの主観で、実際のところ、どうなのかはわからない。単に、おれが女の快感に慣れていないからだ、とも考えられる。こんなに感じまくっていたのでは、まともな生活すらできなくなりそうなのだが、かつての双葉は、この体で夫とセックスをしながら、曲がりなりにも普通に生活していたのだ。
 生まれたときからの女であれば、長い年月をかけて、自分の体が少しずつ女の快感に目覚めていく過程を経験することになる。その過程で、押し寄せる快感とつきあっていく術も少しずつ学んでいくのだろう。セックスだって、最初は痛いだけなのが、体が開発されていくに従って、快感を得られるようになるという話だ。
 ところがおれは、感度がよくて開発されきった双葉の体に、いきなり放り込まれてしまったのだ。対処の仕方も何も知らないまま、快感という荒波に放り込まれて、そこで溺れてしまっていた。
 いや、おれだって、つい先日までは、双葉として――女として――普通に、と言えるかどうかはわからないが、まずは大過なく過ごしてきたのだ。こんな、のべつ幕なしに発情した猫みたいになったりはしなかった。それが、男の味を覚えた途端に、この有様だ。理性がぶっ飛んだ淫乱女に成り下がっている。
 アパートのおれは、昨日から何度抜いたかもわからない。もちろん、双葉の記憶を見ればそんなことはすぐにわかるのだが、知りたいとも思わない。途中で、いっそ、双葉のマンションへ行って、やってしまおうかとも思ったが、夫の留守中に双葉が男を連れ込んだことがばれたら大変なので、それはやめておく。セキュリティは双葉のおれが解除すれば済むことだが、その履歴は残るし、訪問者の映像も一定期間保存されているらしいから、とてもそんな危ないことはできない。
 結局、アパートのおれは、精を出し尽くしてしまって、これ以上は無理という状態まで行ってしまった。こんなことを続けていたら、冗談でなく双葉に殺されかねない。双葉のおれは、ここまでやってもまだ物足りなくて、体が疼いて仕方がない。アパートのおれは、この先はさすがに付き合いきれない。気だるさと疲労感で一杯になり、結局、半立ちのまま睡魔に襲われて、そのまま寝てしまった。

 おれは、切断された。元々のおれが切り離されて、おれの体は双葉だけになった。と、言っても、やることは変わらない。この疼いて仕方がない体を鎮めようと、おれは、オナニーを続ける。今日は、朝起きてからずっと――適当に休憩は入れているが――オナニーを続けているのに、この体の疼きは一向に収まってくれない。やっぱり、ダーリンの物じゃないと駄目なんだろうかと、夫に抱かれた記憶を再生しながら、股間に指を出し入れした。
 また、イッてしまった。同じことを毎回毎回よくやる。まあ、毎回同じように気持ちいいんだけど。
 ただ、今回のはちょっと違った。今までは、オナニーでイッてしまっても、しばらくすると、体が疼きだしたのだが、今回は、それまで疼いて疼いて仕方がなかった体が、嘘のように、とまでは行かないが、まあ、我慢できる程度にまで鎮まってきたのだ。ほんのりとした性的快感だけが体に残っている。おれは、朝起きて、3時間以上も経ってから、ようやくベッドを出ることができた。
 おれは、オナニーで取りあえず体を満足させると、シャワーを浴びて、体を洗いながらその日の予定を考える。予定では、スポーツクラブのランニングマシンでウォーキングだが、前回は、プールだったのをすっぽかしている。ちょっと考えて、プールに入ることにして、変更することを電話でクラブに伝えた。
 いつもは、クラブに置いてある水着を使うのだが、この日は自分で持っていった、というか、マンションから着て行った。白のビキニの水着。おれのGカップのバストを更に豊かに見せるようなタイプのビキニで、上に薄いカーディガンを羽織っただけの格好で下まで降りていった。もちろん、ビキニの谷間はばっちり見えている。受付の若い男が、おれの姿を見て、一瞬だけ緊張したが、何事もないかのように手続きを済ませた。ええっ、なんで? つまんないよぉ。
 平日の昼間なので、プールにはあまり人はいなかった。少ない客のほとんどが主婦らしき女性。男はプールで歩いている初老の男性と、監視台に座っている若い男だけしかいなかった。うーむ。
 仕方がないので、おれは、わざと監視台の近くまて行って準備運動をする。白いビキニからこぼれそうな乳房をぶるんぶるん揺らした後、監視台の方を見てみる。監視員は、海パンに水泳キャップという、万一のときにはいつでも飛び込んで救助に駆けつけられるという格好で監視台に座っていたのだが、海パンの部分にはタオルがかぶせられていて、その下がどうなっているのか、わからない。監視員はわざとらしく横を向いていた。うーん、がっかり。
 ならばと思って、もうひとりの初老の男性の方に行こうとするが、ちょうどプールから上がって、帰ってしまうところだった。
 仕方がないので、早々にプールを切り上げ、お風呂に入って、いつものマッサージ。ビキニ姿で行ったら、断られた。なんで? 規定のガウンを着ないとやってくれないそうだ。
 仕方なく、ビキニの上からいつものガウンを羽織って、いつもの中年のマッサージ師に施術してもらったんだけど、このおっさん、おれの体に目もくれずに黙々とマッサージを続けている。さっきのビキニ姿のときも反応なかったし、うーむ、さすがはプロ。ていうか、プロ対プロの異種格闘技戦で負けた感じ……。
 というところで、アパートのおれが目を覚ました。
(うわぁ)
 元々のおれとつながった途端、いつものように悔悟の念がおれを支配する。ここって、いつも来ているスポーツクラブだぞ。そんなところに、ビキニで来ちゃうなんて、今度から恥ずかしくて行けなくなっちゃうだろうが。
 毎度毎度の双葉の暴走に、アパートのおれは頭を抱えた。
「終わりました」
 そうこうしているうちに、マッサージが終わって、ガウン姿でうつ伏せになっていたおれが立ち上がる。ガウンは、羽織っただけだったので、前がはだけて、中の白いビキニがマッサージ師のおっさんの前で露になった。
「あ……」
 おれは、慌ててガウンの前を閉じて、ビキニを隠した。顔が真っ赤になるのが自分でもわかる。
 見ると、おれのビキニ姿にも全く動じずに黙々と施術をこなしていたマッサージ師のおっさんも、真っ赤になって目をそらしていた。
 男という動物は、女の持っている武器の中でも、「恥じらい」というものには、どうにも弱いらしい。

 要するに、こういうことのようだ。
 おれは、元々のおれと双葉のおれ、2つの体を持っている。
 ただし、本質的には男だった。だから、自分の体であっても、双葉のおれの豊満な女体に欲情していた。双葉のおれの目で園子さんを見たときにも、やっぱり欲情していた。元々のおれも、双葉のおれも、男だったからだ。
 で、今回、おれは双葉の体を使って夫とセックスをした。そのことによって、おれは女になったのだと思う。
 いや、「女になる」というのは、一般的に使われる比喩的な意味ではなくて、おれはこのセックスによって、おれの中に、女としてのおれが新たに生まれた、ということだ。
 おれが男であることには変わりない。だから、女に対して欲情する。
 同時に、おれは女でもあるようになった。
 だから、おれは、男に対しても欲情するようになった。
 そういうことだ。

 問題は、女としてのおれが、どんな男に対して欲情するか、ということだ。
 男でも女でも、好みのタイプという奴が存在する。
 女の場合だったら、イケメンがいいとか、背が高いのがいいとか、筋肉質なのがいいとか、まあ、人によって、好みが分かれるものだ。それは、ある意味、生まれたときから女として生きてきたことで、次第に形成されていくものなのだろう。女の子は男の子を好きになるものだ、という漠然とした固定観念からスタートして、成長と共に、身近な男の子、テレビや雑誌に出てくるようなアイドルタレント、あるいは、フィクションの世界の登場人物などと接しながら、次第に好みのタイプを作り上げていく。ある意味、好みのタイプというのは、女としてのアイデンティティと密接に結びついているのだと思う。
 ところが、いきなり、23歳の人妻の体に放り込まれたおれには、女として成長してきた経験が一切ない。同級生の男の子も、憧れの男性タレントも、マンガに出てきた素敵な王子様も、おれには存在しない。
 だから、女のおれには、男について、好みのタイプというものが存在しない。おれの中に女としてのおれが生まれた後も、テレビや雑誌でイケメンの男を見ても特に何とも思わないし、背の高い男も、可愛らしい男も、美形の男も、おれの胸をときめかせたりはしない。敢えて言えば、夫がおれの好みのタイプということなのかもしれないが、やはり、ちょっと違う。夫は、おれが愛する人であって、好みはまた別だと思う。誰しも、最愛の人が、必ずしも好みのタイプというわけではないだろう。
 要するに、おれの女としてのアイデンティティは、極端な話、先日の夫とのセックスが、信じられないぐらい気持ちよかったということ。これだけなのだ。
 だったら、おれは男の何に対して欲情するのか?
 ペニス。それも、勃起したペニス。それだけだ。
 こう言ってしまうと、身も蓋もないが、おれの女としての拠り所が、セックスによる快感しかないのだから、その快感をもたらしたもの――ペニスに、ペニスだけに欲情してしまうのだろう。
 この日、午前中に、元々のおれも双葉のおれも延々とオナニーを繰り返していたが、結局のところ、双葉の体は、元々のおれの体――敢えて言うなら、勃起したペニス――に反応していたらしい。それまで、男とセックスをした経験のなかったおれは、おれのペニスを見ても、何も感じなかった。それが、夫とセックスしたことによって、ペニスを受け入れる快感を知ったおれは、おれの勃起したペニスを性的欲望の対象として見るようになってしまったのだ。欲しい。入れたい。入れたらどんなに気持ちいいだろう? お願い、入れて! という具合に。
 自分の体に欲情する女というのもどうかと思うが、双葉のおれが女である以上は仕方がない。男のおれが、双葉の体に欲情するのと同じだ。むしろ、今までこの感情を覚えなかったのが不思議ぐらいだ。要するに、午前中のおれは、男のおれが女のおれを興奮させて、女のおれが男のおれを興奮させる。性的興奮の永久ループ状態にになってしまったというわけだ。
 午後になって、暴走した双葉が、ビキニ姿でプールへ出掛けたのも、同じような理由だ。双葉のおれは、男がペニスを勃起させているところを見たかったのだ。海パンの上からでもいいから、勃起したペニスの膨らみを見てみたい。そう思って、勃起させるためにビキニを着て、胸を揺らしながら準備体操までしたのだ。取りあえず、勃起したペニスだったら誰でもいいみたいだ。このあたりは、男が、向こうから歩いてくる見知らぬ女性の胸が大きいと、服の上からでも凝視してしまうのと同じ心境だろう。

 ということで、おれは、自分のペニスに欲情するようになってしまった。
 これは恐ろしいことだ。おれは以前から、双葉の体に欲情してきた。だから、元々のおれが自宅にいるとき以外は、双葉のおれが着替えるときも、風呂に入るときも、なるべく自分の体を見ないように、触らないように心掛けていた。実に、めんどくさい。
 更に、これからは、元々のおれのペニスもなるべく見ないように、触れないようにと気をつけないといけない。
 まあ、それだけだったら、まだいい。おれも42歳なので、そうそう無闇矢鱈と勃起するわけじゃない。勃起さえしなければ、双葉のおれも欲情したりはしない。ただ、ひとたび勃起してしまうと、双葉のおれがそれで欲情してしまい、その感覚が元々のおれに伝わって、更に興奮する、という性的興奮の無限ループにはまり込んでしまうということが恐ろしい。今朝はそれで3時間以上も2つの体で自慰に耽ってしまった。止め方がよくわからなかったということもあるが、あのときのおれは、ちゃんとつながっていたのにも関わらず、理性なんてこれっぽっちも働かなかった。男と女の本能と、男と女の体が求める欲望のままに突き進んでいた。元々のおれが寝てしまって、双葉のおれを興奮させるものがなくなって、ようやく無限ループから脱出できたというのは、もう皮肉としか言いようがない。今度あの状態になってしまったら、どうやって止めたらいいのだろう? 取りあえず、おれか双葉のどちらかが寝る。それしかないのだろうか?
 それからというもの、おれはひとりで自慰をすることが多くなった。「ひとりで」というのは、どちらかが寝ていて、切断された状態で、ということだ。こうして普段から少しでも欲求不満を解消しておかないと、いつかどこかでとんでもないことになりそうで、怖い。
 夜は、双葉が眠ってしまっているので、おれはアパートで自慰をする。毎日ではないが、それに近い。ネタは、双葉のときの記憶が(覚醒していないおれの脳なので、完璧ではないが)あるので、無尽蔵と言ってもいい。双葉のDVDを見ながらしたこともある。双葉のおれが出掛けたときに、マンションにあったDVDを適当なコンビニからおれのアパートに宅配したのだ。送り主の名前は偽名を使ったので、おれと双葉を結びつけるような痕跡は残っていない筈だ。
 双葉の方は、昼間にやる。会社のおれの昼休みの時間。1時間の休み時間のうち、最初の15分でコンビニで買い置いた弁当を平らげ、残りの時間は机に顔を伏せて寝る。このときに、双葉のおれは、オナニーをする。こちらは、記憶力が完璧なので、本当にネタには困らない。おれは、寝る前に、ベッドの上から絶対に下りないようにということと、1時になったら必ず起こすようにということを強く自分に言い聞かせている。ベッドの上から動かないのであれば少々暴走したって構わない。そんな状態で眠れるのかとも思うが、これが案外すんなりと眠れる。ひょっとしたら、双葉の脳が、強制的におれを眠らせているのかもしれない。

 オナニーのときに気付いたことがある。いや、大層なことじゃないのだか。
 今まで、おれが双葉の体でオナニーしていたとき、おれは、触ることでも触られることでも欲情していた。おれの女体が、触られることで女の反応をして、おれの男の意識が、双葉のような極上のボディを触りまくることで欲情する。だが、考えたら、普通の女性は、オナニーのとき、自分の体を触ることで興奮なんかしないと思うのだ。
 なぜこんなことを思ったかというと、双葉の体で「処女」を失った後、双葉の脳と切り離した状態で、ペニスを勃起させて自慰を行なったところ、感じ方が微妙に違ったのだ。
 自慰のとき、ペニスをしごくのは、ペニスで快感を感じるためだ。硬くなった肉棒を握ったり、しごいたりするのは、必要があるからそうしているだけで、別にそのこと自体が目的ではない。ところが、「処女」を失って、おれの中に「女」が生まれてからは、勃起したペニスに触ること自体に興奮するようになったのだ。自分のペニスなのに、その勃起している様を眺め、触れ、握り、しごく。それぞれの動作にいちいち興奮してしまう。興奮しているのは、おれの中にできた女の部分だ。それは、おれと双葉が切断されていても同じことだ。要するに、双葉として「処女」を失ったときに、双葉の脳とかおれの脳とかというレベルではなくて、「おれ」という人格の中に女の部分ができてしまった、ということだろう。
 だから、最近のおれは、電車に乗っていても、無意識のうちに、向かいの席に座っている男の股間に視線が行っていることがある。トイレで並んで用を足していると、隣の男のペニスの大きさを気にしてしまう。その後、おれは男として自己嫌悪に陥るのだが、どうにもならない。おれが、双葉の体で、毎日園子さんの裸を見ていたときに感じていたようなことが、今度は立場を変えて、元々のおれの体で起きているのだ。
 幸いというか、おれには、好みの男性のタイプというのはないので、電車に乗っていて、「この人かっこいいな」とか「この人に抱かれたい」とか思ったりはしない。これはおれに取ってはせめてもの救いだ。取りあえず、おれの男に対する興味はペニスだけ。それも、勃起したものだから、今のところ、おれ自身のもの以外にはそれにお目にかかったことはない。

 ということで、夫とのはじめてのセックスの後、おれは随分変わってしまった。たった一夜のセックスで、これほど人は変わるものかと思わずにはいられない。
 おれの中に「女」が芽生えたということは、このおれと双葉の奇妙な二重生活が、またひとつ次のステージへ進んだのだという感触を持った。実際、土曜日に距離の限界を再調査したところ、限界距離が一気に50キロぐらい伸びていた。先日の調査だと、1日200メートルのペースだったから、1週間で8ヶ月分も限界が伸びてしまったことになる。
 160キロというと、栃木県を通り過ぎて、ほとんど福島県との県境になる。切断されたポイントは、栃木県内の最後の駅を過ぎた後にやってきたので、調査のときには一旦福島県まで行って戻ってこなければならなかった。東京から160キロという距離は、上越方面だと、群馬県は完全に通り過ぎてしまって、もう新潟県。同様に、西は山梨県もその中にすっぽり入ってしまって、長野県まで達する距離だ。東海道方面でも、静岡市を越えたところまで行ってしまう。さすがに、在来線だけで出掛けるのはつらくなってきた。次当たり、夫が出張でいない日に、双葉の体で新幹線で出掛けてもらった方がいいかもしれない。急に、静岡まで富士山を見に行きたくなった、なんて言ったら、夫は許してくれるだろうか?
 それにしても、突然50キロも伸びてしまうというのは、やっぱり、セックスしたことが原因だろうか?
 その後、何度か調査してみたが、以前のように1日200メートル程度の伸びで納まっているので、セックスそのものよりも、「処女」を失った、というような精神的なことが影響しているのかもしれない。

 おれが変わったのは間違いないが、それは内面的なもので、表面的なおれの生活は、あまり変わっていなかった。
 ……というのは、平日の話。まあ、土曜日も、夫はほとんど休日出勤なので、変わりはない。
 違うのは、日曜日。元々のおれは、土曜日は必ず夜更かしをして、日曜日の午前中は、ずっと寝ている。
 土曜の夜は、深夜に見たいテレビがある、なんて理由でもない。
 夜中にどこかへ出掛けるわけでもない。
 なぜなら、日曜の午前中は、おれと夫のセックスタイムだから。

 夫は、基本的に、平日にはおれを抱いてくれない。
 出張でいないときが多いし、家に帰ってくるときでも、深夜がほとんど。夕方には寝てしまうおれとは、生活時間帯が合わない。「はじめて」のときは、まあ、あれは特別だ。今思えば、一種の儀式みたいなものだった。特におれに取っては。
 平日、おれが夫と会える時間となると朝しかないのだが、さすがに会社に行く前にはしない。キスぐらいはするけど。
 結局、夫とのセックスは、おれが起きていて、夫もゆっくり家にいられる時間。必然的に、毎週日曜日の朝、ということになる。別にそうしようと話し合って決めたわけではないが、自然とそうなっていった。
 夫とセックスするとき、元々のおれは寝ているほうがいい。
 何回かやってみて、そう思った。やっぱり、男のおれの意識、というか、男の体とつながっていたりすると、男に抱かれる嫌悪感、というものが、どうしても出てしまうのだ。夫に抱かれるのはすごく気持ちがいいし、その中でも、夫のペニスで貫かれるのは、最高の気分なんだけど、そんなときに、男のおれとつながっていると、どうも、ふと我に返ってしまうことがあって、いまひとつ、セックスに没頭できない。これは、コーヒーを飲むときは、苦いものが苦手な双葉とつながっていないときの方がおいしく飲めるのと同じことだろうか。
 そういうわけで、元々のおれは、土曜の夜は思い切り夜更かしして、日曜日の朝は昼まで寝ている。双葉のおれを半日野放しにすることになるのだが、どうせ、夫とセックスするだけだし、今更危ないこともないだろう。むしろ、欲望の命じるままに突っ走って、次の日曜日までオナニーもする必要のないぐらい満足させてもらったらいいと思っている。そこまでになったことは、まだ1度もないけど。
 大抵の場合、おれは、土曜の夜から、ダブルベッドで寝ている。夫におれの「はじめて」をあげたあの寝室のダブルベッドだ。おれは、秘かにこの部屋のことを「セックスルーム」と呼んでいる。夫に話したことはないが、きっとその呼び方で夫にも通じるはずだ。だって、セックス以外の目的でこの部屋に入ったことはないのだから。
 おれは、夫のスペースを空けて寝る。もちろん、下着姿で。朝起きると、いつの間にか隣に夫がいる。そのまま始めちゃう場合もあるし、まずはシャワーを浴びて、それから、というときもある。要は、その日の気分次第。気分でどうするか決めるのは夫の方。おれが寝ぼけてても、夫がやる気なら、そのまま抱かれちゃうし、逆におれがどんなに気合入ってても、夫がその気になってくれるまでは待ちぼうけ。もっとも、シャワーの後も待ち続けたってことは1度もないけど。どちらかというと、朝起きたらすぐ、というパターンが多いかも。
 セックスするときのおれは、野放し状態ということもあって、とにかくはじける。前半はなるべく声も出さないように、恥じらいを持って、あんまりエロくならないように気をつけているのだけど、いつも、途中で箍が外れて、凄いことになる。前半溜めていた分、後半のおれはベッドの上で乱れまくり。声も、思う存分出しちゃう。悲鳴どころか、絶叫することも。それを聞いて、夫も燃えてくれて、ますます激しいセックスになる。まあ、半分は演出なんだけど、折角週に1度のセックスなんだから、楽しんで、気持ちいい方がいいに決まっている。それに、どうせ、いつも最後は演出どころではないぐらい感じちゃうし。
 1回戦が終わると、朝食。シャワーで洗い流すぐらいのことはする。さすがにそうしないと、座ったとき、気持ち悪いから。夫はパンツとガウンの着用は必須。裸だと、見た目かっこ悪い。おれは、裸のこともある。おれの体は、スッピン・全裸でも充分鑑賞に耐えうるのだ。でも、大抵は下着着用かな。水着のときもある。1度だけ、裸エプロンというのをやってみたことがあるが、夫は、ビキニの方がずっといい、と言った。その意見にはおれも賛成。この場合のおれは、男のおれだ。裸エプロンも悪くないが、おれの素晴らしい形の胸が隠れちゃうのがもったいない。ひょっとしたら、おれの体型に合った裸エプロンというものがあるのかも知れないが、それ以来、夫からの要求はない。双葉のおれは、ただただ、夫のリクエストに応えるだけ。おれが嫌がるような変なリクエストはしてこないので、おれも、楽しんでやっている。
 朝食が終わると、2回戦突入。1回戦で終わることはあまりない。朝食を食べながら、そのままソファで、なんてこともあった。風呂場でやったり、シャワールームでやったりと、2回戦はバラエティに富む内容。セーラー服とメイド服でコスプレもしてみたし(なんで、そんな服があるんだ?)、いろんな体位も試してみた。夫は陵辱系のプレイは好きじゃないみたいなので、助かっている。いろいろやってみたけれど、2回戦は、マンネリにならないようにパターンを変えているだけという気もする。基本的には、2回目は「楽しいセックス」がモットーかな。やっぱり、1回戦のオーソドックスなセックスが、一番気持ちがいいし、燃える。3回戦まで行くことは、ない。今のところ、「はじめて」のときが、3回戦まで行った最初で最後。
 取りあえず、そんなこんなで、おれは双葉として、まあまあうまくやれてる。2つの体で生きていると、いろいろ面倒なことも多いのだが、とにかく、普段は我慢。それを毎週日曜日のセックスで一気に発散させている感じ。
 日曜のセックスの後のおれは、満足感、幸福感に包まれている。このときばかりは、双葉になってよかった、と思う。

「9月の頭の週末で、どうかな?」
 8月に入って何日かが過ぎた頃、朝食のときに、夫がおれに向かってそう言った。
「何の話?」
「旅行へ行く話。忘れちゃった?」
 旅行? そんな話、あったっけ?
 おれは、超高速で双葉の脳内を検索する。それらしき記憶には心当たりがない。
「何だっけ?」
「手巻き寿司のときに、話したじゃないか」
 最後に手巻き寿司を食べたのは、まだ園子さんがいた頃。あのときの会話で旅行の話なんて……。
 あ、これか。
 そのときの会話を再生すると、こんな感じ。
「久しぶりにこんなおいしいお寿司をいただきました」
 と園子さん。ちょうど手巻き寿司を食べ終えたところだった。
「北海道の人にそう言ってもらえると、嬉しいですねぇ。いいものを選んだ甲斐がありました」
 と夫。確か、このときは、築地の魚屋に出向いて、ネタを吟味して買ってきたのだ。おれは、とっくに満腹になってしまって、この頃には、眠くなりかけていたから、夫と園子さんの会話にはノータッチだった。
「北海道と言っても、一番いいネタは築地へ行くといいますから」
 最近は、冷凍・冷蔵といった鮮度を保つ技術の進歩によって、大抵の海産物は、日本中、どこで獲れても、新鮮なまま東京まで運べるという話だ。結果、日本一うまい魚がある場所は、北海道でも九州でもなく、東京の築地だという。
「でも、札幌にも、築地みたいな市場があるんでしょ?」
「それっぽいところはありますが、普通は近所のスーパーで買いますよ」
「スーパーも、地元で取れるものは地元で仕入れるから、下手に観光地化された市場よりも、ずっと安くていいものが手に入る、と言いますよね」
 そのあたりの事情は、いろいろあって一概には言えないのだが、双葉のおれがここで食品業界の内部事情などを話すわけにもいかないので、黙っておく。
「確かに、イカは、今日買ったところよりも、うちの近所のスーパーの方がかなり安かったですね。ホタテやイクラもそうかな。ウニは買ったことがないのでわかりませんけど」
「うーん、北海道のスーパーでネタを買ってきて、北海道産しばりの手巻き寿司パーティーとかやったら、楽しいでしょうねぇ。ああ、でも、ネタは買ってこれても、酢飯を用意したりできないか」
「それなら、うちにいらしてください。3人でパーティーするぐらいのスペースはありますから、また手巻き寿司、やりましょう」
「それは、いいですねぇ。それじゃ、いつか、双葉を連れて伺いますよ」
 こんな会話が確かにあった。だが、こんなのは、食事時の他愛もないその場限りの話だろう。
「ひょっとして、園子さんちで手巻き寿司をやるって奴?」
「そうそう。園子さんにもちゃんと予定は確認したから。はい、これが旅行の行程表」
 えっ、園子さんにも確認したんだ。手回しいいなあ。園子さんも、あの話、本気だったんだ。それで、もう行程表まで作ってくるとは、さすがはプロ。
 ってことは、何? おれを、北海道旅行に連れて行ってくれるの? しかも、園子さんとの再会付きで?
 何にしても、園子さんと再会できるというのは、嬉しい。後で、早速電話してみよう。
「この予定だと土曜日からになっているけど、ぼくは金曜日まで北海道出張。だから、悪いんだけど、双葉にはひとりで飛行機に乗って北海道まで来てもらわないといけない。もちろん、羽田までは会社の誰かに送らせるから、双葉は言われた飛行機に乗るだけで大丈夫だからね」
「また、そうやって、会社の人を私用で使う。公私混同はいけないんだよ」
 重役の特権で、従業員を私用で使うような会社には、ろくな未来はない。
「いや、一応、この旅行もうちの会社の個人ツアー扱いだから。ちゃんと、空港までのエスコート料も払うんだよ。それに、双葉、ここからひとりで羽田まで行って飛行機乗れないだろ」
 おれはもちろん、ひとりで飛行機ぐらい乗れるんだが、確かに、双葉には難易度が高いと夫は思っているのだろう。夫の心配もわかるので、ちゃんとその分の料金も払うことだし、夫の言うとおり、迎えに来てもらうことにした。
 行程表を見ると、初日は飛行機で釧路に入ることになっている。釧路は、学生のとき友人と北海道旅行をしたときに行った事がある。友人の車でフェリーに乗って着いたのが釧路で、その後、網走から十勝を抜けて、夕張へと入る旅だった。学生で暇だったこともあって、1週間以上かけて回ったような気がする。
 今回は、土曜日に飛行機で釧路に入って、水曜日に千歳から帰ってくる4泊5日の旅。宿泊地は川湯温泉と層雲峡。あとの2日は札幌となっている。宿泊するホテルはよくは知らないが、名前からすると、それなりにいいところなのだろう。移動は、札幌に着くまではずっとレンタカー。飛行機の座席も1クラス上のようだし、なかなか豪勢な旅みたいだ。
「でも、ダーリン、4泊5日なんて、よく休みが取れたね」
 土日が入っているとは言え、3日も休みが取れるなんて、夫にしては珍しい。夏休みが過ぎると、多少暇になるとは言っていたが。
「実は、初日の釧路も、朝に1件仕事が入ってるんだ。双葉が飛行機で着くまでには、終わっているから心配はいらないけどね。それから、4日目の札幌も、いろいろと仕事が入っているから、一緒にはいられないかな。その日は園子さんが休みらしいからホテルまで迎えに来てくれるって」
「じゃあ、手巻き寿司は?」
「昼過ぎには仕事を抜けられるから、園子さんの家で待ってて。だから、その日は双葉は朝寝坊してくれるとありがたい。時間帯を後ろにずらせるから」
 旅行に出掛けても、おれが9時間ぐらいしか起きていられないことには変わりがないので、時間を有効に使うことを考えないといけない。結局、最終日も帰りの飛行機は朝の便で、東京に戻ったら、夫は会社に戻って仕事らしい。

 さあ、困った。
 もちろん、夫と一緒に旅行なんて、おれに取っては初めてのことなので、新婚旅行みたいで楽しみだし、園子さんと再会できるのも、嬉しい。
 問題は、それが北海道であるということだ。遠い。遠すぎる。試しに、東京・札幌間を測ってみたら、800キロ以上あった。距離の限界などはるかに超えた彼方の地だ。羽田を飛び立って20分もすれば、おれと双葉とのつながりは、切断されるに違いない。
 ということは、4泊5日の旅行の間、双葉のおれを野放しに……なんて、できるわけがない。こうなった以上は、元々のおれも双葉について北海道へ行くしかない、ということだ。
 おれは、朝食の間に夫からできるだけ細かい行程情報を聞き出した。夫が出て行くと、夫のパソコンから北海道の地図をプリントアウトして、そこに行程を書き込んでいく。本当は、こういう作業は元々のおれの方が得意――というか、双葉はまったくの苦手なので、悪戦苦闘する。おれは会社で仕事中なので、手が離せない。結局、午前中一杯を費やして、行程地図を作り、各宿泊地からの限界距離の範囲を書き込んだ。
 取りあえず、休憩。と言っても、昼休みなので、オナニーの時間なのだが。最近は、はじめてセックスした頃とは違って、毎日自慰しておかないと体が疼いて仕方がない、なんてことには滅多にならない。本当に我慢できなくてオナニーするのは、週に1度か2度ぐらい。あとは、する必要がないといえばないのだけど、お昼には、ほぼ毎日やっている。はっきり言ってしまえば、気持ちいいからだ。今のところ、おれは、夫とのセックス以外には、オナニー以上に気持ちいいものを見つけていない。
 体を満足させたところで、午後から、この旅行に対する対策を考えた。
 まず、解決しなければならないのは、日程だ。土日はいいが、月火水という平日の3日間をどうするか?
 今年度のおれは、入院によって散々欠勤を重ねてきたので、今更欠勤が多少増えようがあまり関係ない。とは言え、さすがに3日連続での欠勤はまずいだろう。9月ではなく、8月中だったら、盆休みをずらして取る、という手もあったのだが、夫は8月はとても休みを取れるような状態ではない。
 仕方がないので、盆休みに出るなどして、休日出勤を溜めておいて、旅行の日には代休を取ることにする。お盆でも休みにならない得意先もあるし、休みをずらして取るところも多いので、盆休みでも、仕事を入れようと思えばいくらでもある。会社によっては、そういう世間が休みの日に訪問した方が喜ばれることもあるので、盆休み返上で出勤すること自体は問題ない。おれのアパートは、千葉のマンションから持ってきたエアコンの調子が悪いので、昼間は地獄のような暑さになる。夏は休日でも会社で仕事していた方が、涼しくていいぐらいだ。問題は、代休の方だが、1日2日ならともかく3日連続はきついので、水曜日は午後から出社することにした。何だかんだ言って、夫と同じだ。
 スケジュール調整は何とかなったので、今度はおれの旅行の予定を立てる。基本的には、おれたち夫婦と同じような行程で旅をすれば、ずっと双葉とつながったままなのだが、そこまで近付く必要はないし、レンタカーで動き回る夫と違って、おれは車の運転はしないつもりなので、公共交通機関を使ってついていくのは面倒だ。北海道、特に道東などは、東京の人間からしたら、信じられないぐらい鉄道の便が悪いので、列車で車を追いかけるというのは、あまり現実的な話ではない。実際、170キロ以内のところにいれば、つながるのだから、その範囲のどこかにいればいい。
 双葉のおれが線を入れた地図を見ると、今回の旅行は、東から北回りに緩やかな弧を描くように西へ向かう行程になっている。それによると、帯広辺りにいれば、行程上のどこからでも大体150キロ以内なので、ずっとつながったままでいられる。
 ならば、帯広に行って、そこで4泊するのが一番簡単で安上がりなのだが、それも何だか味気ない。折角の北海道旅行なので、おれもいろいろと回って観光してみたいというのもある。それに、双葉と24時間つながっているよりも、多少は切り離された状態の方がいい。少しでも、切断された状態の時間があると、双葉の体はその分長く起きていられる。折角旅行に連れてきてもらって、いつものように1日15時間寝てるというのも間抜けな話なので、切断しても構わないようなときは、切り離してしまった方がいい。まあ、具体的には、夜の夫とのセックスの時間のことを言っているのだが。
 ということで、基本的な方針としては、昼間は双葉のおれから170キロ以内のところにいて、接続しておく。宿に入って、食事を終えた頃あたりから翌朝の食事の前までは、限界距離の外側に出て、切断しておく。これで、双葉のおれは、いつもよりも1時間か2時間ぐらいは余計に起きていられるようになるだろう。風呂も食事の前に済ませておけば、あとはセックスして寝るだけ。双葉のおれを野放しにしてしまっても、そんなに大きな問題は起こさないだろうと思う。
 ということで、その方針に沿って、元々のおれも旅行計画を立てた。まずは、土曜日に飛行機で帯広に入る。飛行機の出発時刻は1時間ほど釧路行きの双葉の方が早いが、飛行機に乗ってしまえば、あとは寝てるだけなので、双葉のおれも、機内で問題を起こしたりはしないだろう。釧路空港到着後、1時間程切断されたままの時間があるが、これは無事を祈るしかない。と言っても、飛行機だから、乗り過ごす心配もないし、飛行機を降りたら人の流れについていけばいい。荷物を受け取ったら、到着口で夫が待っている筈だ。機内に持ち込んだバッグを忘れてくるとか、そういうレベルの心配はあるが、最悪、夫と会えれば何とかなるし、1時間後におれと接続されれば、自力で何とかできる筈だ。
 向こうに着いて、おれと再接続されたら、あとは普通に夫と旅行を楽しめばいい。おれは、夕方まで限界距離の内側にいて、風呂と食事が済んだら、限界の外に取ってある宿へと向かう。翌朝は、頃合を見計らって、限界の内側へと一旦戻る。これで再接続。あとは、適当に移動しながら、この繰り返し。昼間は限界の内側にいるのなら、飯を食おうが観光しようが自由だ。
 飛行機も宿も夫の会社のネット予約を利用した。おれも、取締役なので、会社の売り上げに貢献しなければいけない。もっとも、取締役のおれが、アパートの自分のパソコンから予約をして、しかも、飛行機代は正規料金を請求されるというのは、あまりいい気分ではないが。
 宿は、初日は帯広から札幌へ向かう途中の駅の近くのペンションを取った。ちょっと高めだったが、この近くで限界距離の範囲外だとここしかなかったので、選択の余地はなかった。2日目は、登別の温泉ホテル。かなり大きなホテルのようだ。こちらは、平日前ということで、随分安く取れた。なかなかいいじゃないか、うちの予約サイト。
 3日目、4日目は、いろいろ迷った挙句、札幌で宿を取った。本来ならば、双葉のおれが札幌にいるので、元々のおれは、そこから180キロばかり離れたところに宿を取らないといけないのだが、それだと、函館の更に先、北海道の一番端まで行かないといけなくなる。そんなところまで行くのはさすがに大変だし、交通費もかさむ。最終日は午後から出社しようと思うと、函館からの飛行機では間に合わないので、どちらにしても、一度千歳まで戻らないといけない。それならということで、双葉のおれと切断することはあきらめて、3日目からは、札幌へ戻ることにした。どうしても切断しなくてはならないわけじゃないので、そのあたりは臨機応変に考えよう。何なら、夫とセックスする間は、元々のおれは寝かせとけばいい。
 それに、費用的な問題もある。登別のホテルが札幌までの無料送迎バスを出しているので、札幌に向かえば交通費を浮かせられるし、夫の会社の予約サイトには、札幌のホテルで格安のものがあったのだ。2泊だと、1泊分の料金以下で泊まれるということだ。
 実は、これは双葉のおれと夫が泊まるところと同じホテル。夫が言うには、最近新規開業したばかりのホテルなのだが、空室が埋まらず、大量の部屋を夫の会社に投げて寄越してきたのだそうだ。なんでも、結構厳しいノルマがあるらしい。それで空き部屋を少しでも埋めるために、双葉と夫もここで2泊することになったのだが、そういう話を聞いたら、取締役としては、おれも協力しないわけにはいかないだろう。
 夫とは、顔を合わせないように時間をずらせばいい。大きなホテルらしいし(無駄にでかいから空き部屋が埋まらないのだ)、夫は、常に双葉と一緒にいるだろうから、鉢合わせしないようにするのはたやすいことだ。一応、おれは夫とは双葉が退院するときに病院で顔を合わせている。まさか、憶えているとは思えないが、営業は人の顔を憶えるのが仕事みたいなものだし、何だかんだ言って、夫はおれよりははるかに優秀な営業マンなので、万一ということがある。用心するに越したことはない。
 お盆休み。夫はほとんどマンションには帰らなくなり、アパートのエアコンが壊れたおれは、冷房の効いた会社から一歩も出たくなくなった。
 双葉のおれは、最近は毎日プールに通っている。夏休みなので、人も多いのがいい。おれのナイスバディを見せ付けて、股間を膨らませてやろうとするのだか、それらしい男はみんなプールに入ったり、タオルで隠したりしまうので、つまらない。結局、ラウンジでプールをぼんやりと眺めて過ごすことが多くなった。
 プールで泳いでいる人を眺めていると、園子さんと通っていた頃のことを思い出す。
 札幌の園子さんは、順調にタイムを伸ばしているのだろうか?

テーマ : *自作小説*《SF,ファンタジー》 - ジャンル : 小説・文学

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11のあとがき

わたしは、「である。」という文をほとんど使わないのですが、この章は、いきなりそういう文で始まっています。一度、やってみたかったんですよね。「○○(地名)は×月である」という書き出しを。
厳密に言うと、2文目なので書き出しではないですが。

ようやく、冒頭部分に戻ってこられて、さあ、これから、というところなんですが、何だか、後日談みたいな感じになっちゃってますね。自由に何でも書いていいよ、と言われると、却って何も書けなくなるようなものでしょうか。
元々、すぐに冒頭まで戻ってくる予定だったので、その後の展開はいくつか考えてあったんです。水着を着て、下のスポーツクラブへ行く話とか。
要するに、この先書く筈だったことを、もう書き終えちゃっていたんですね。戻ってくるまでの話があまりにも長いから。

一応、夫の会社の権力争いに巻き込まれて……というような話も考えてみたのですが、今更そんな話にしてもなぁ、と思いましたし、何より、そんな話は作れそうにないので、あきらめて、後は、下り技に専念することにしました。11の後半は、完全にそのための前準備になっていますね。
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